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2012年にフェラーリと契約していたクビサ

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2018年7月12日 « 移籍の選択肢はほぼなくなったとリカルド | メルセデスが2019年に技術陣再編へ »
© Charles Coates/Getty Images
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2011年にラリーで人生を一変させる大けがを負う前、ロバート・クビサは2012年からフェラーリでドライブする契約にサイン済みだったことを明らかにした。

7年間F1を離れた後、ポーランド人ドライバーのクビサは今年からウィリアムズのリザーブ兼開発ドライバーとしてパドックに戻り、今もまだ2019年にレースをするという希望を諦めていない。

事故の前、F1のロータス・ルノーで走っていたクビサは、翌年にフェラーリに移籍する契約を確保していたという。1時間にわたるF1の公式ポッドキャスト『Beyond the Grid(ビヨンド・ザ・グリッド)』のインタビューの中でクビサは、重傷を負ったラリーは、フェラーリとの契約の関係で最後のラリーになるはずだったことを打ち明けた。当時のチーム代表だったステファノ・ドメニカリとの合意により、F1以外でのレースはできないことになっていたという。

「実のところ、それは僕の人生で最後のラリーになるはずだったんだ。来年僕がドライブすることになるチームはラリー参戦を認めてくれないと分かっていたからね」と彼は述べた。「僕があのラリーをオファーされたのは奇妙な状況によるものでね。それまでのラリーで提供されたマシンはトラブルがあまりに多かったものだから、(ラリー)チームが罪悪感を覚えてオファーしてくれたんだ」

「バレンシアで(F1の)テストをしていた時、朝起きてふと、やっぱりこのラリーには出たくないと思ったのを覚えている。それで、いろいろ世話をしてくれた人に電話したんだけど、彼はあれこれセッティングしてくれていて、準備ができたことをすごく喜んでいたから、やりたくないとはどうしても伝えられなかった」

クビサは事故で右腕に重傷を負い、制限されてしまった手首の可動域を広げるために繰り返し手術を受けなければならなかった。回復の道のりは精神的につらいものだったと彼は言うが、フェラーリに行っていたらどうだったかと考えるようになったのは最近になってからだと述べた。

「最初のゴールはF1に行くこと。2つ目はF1で評判を確立することなんだ。自分の価値を高め、いい評判を得るのは、F1入りするよりも難しい。そして3つ目のゴールはワールドチャンピオンシップで勝つか、フェラーリドライバーになることだ。僕はワールドチャンピオンシップで勝ったことはないし、結局フェラーリドライバーにもなっていないけど、あと少しでかなうところだったんだよ」

「回復は、最初の16から18カ月くらいはそれ自体があまりにもハードだったから、(フェラーリ移籍が消滅したことに)痛みは感じなかった。僕は必死で闘っていて、回復に集中していた。あれはつらい時期だったよ。時間が過ぎれば過ぎるほど、多くの困難に直面した。きっとなんとかなるっていう希望が消えていってしまうんだからね」

「回復が驚くほど一気に進む時もあれば、手術がうまくいかずに6カ月ほど逆戻りしてしまうような時もあった。自分の全てを100%使い果たすような本当につらい瞬間もあった。そんな時はまたクルマに乗れるかなんて考える時間はない」

「F1を見て、レースが恋しいなと思っていた時は、自分があのクルマに乗れるようになるとはとても思えなかった。人生を奪われる以上の絶望だったよ。そういう痛みはあったけど、フェラーリに行くはずだったからといって痛みが増すことはなかった。でも、今になってそれを痛感している」

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