ヘルマン・ティルケ設計のイスタンブールパーク・サーキットで開かれるこのイベントは、土地の自然な起伏を生かしたテクニカルなコース故にさまざまなドラマを生み出している。

まだ新しい会場は豪華な観戦施設を備える。しかし、残念なことに人気はいまひとつで、広大なグランドスタンドにまばらな人影という状況が続く。

このイベントで最も成功を収めているのはフェラーリのフェリペ・マッサで、唯一の複数回勝利者だ。2006年に彼は自身初のポール、そして初優勝を成し遂げた。続く2007年と2008年も連続勝利を挙げている。

2006年のイベントでは、トルコの評判を脅かす論争が巻き起こった。表彰セレモニーで優勝トロフィーのプレゼンテーターを務めたメフメト・アリ・タラートの国際映像に、北キプロストルコ共和国大統領との字幕が表示されたが、これはトルコでしか通用せず、国際的に認められていない名称だ。主催者の中立性に反すると考えたFIAは調査を開始。トロフィー贈呈者が決まったのが式の直前だったため、FIAには拒否権を発動する時間が与えられなかった。この問題で主催者は500万ドルの罰金を命じられている。

2008年はサポートレース、GP2の最中に野良犬がコース上に迷い込み、またもや主催者の責任が問われる事態に。ジョルジオ・パンターノは犬を回避できたが、ブルーノ・セナはそれほど幸運ではなかった。犬をひき殺してしまったセナは、自身もフロントサスペンションに修復不能なダメージを負った。