このイベントの起源をたどると、1961年までさかのぼることができる。非選手権レースではあるが、オリエント・イヤーGPと呼ばれ、翌年にはマレーシアGPと名前を変えた。1965年にシンガポールが独立すると、トムソン・ロード・サーキットでのイベントは再びシンガポールGPへと名称変更。このイベントは1973年まで続いたが、1972年、1973年のレース中に致命的な事故が発生したことから中止される。スエズ戦争による石油価格高騰の影響もあったのだろう。

2007年になって、シンガポールの企業家である王明星とシンガポール政府観光局が、町のマリーナ・ベイ地域の市街地サーキットを使った5年間のグランプリ開催契約を結んだと発表。このイベントはまた、F1史上初のナイトレースとなることも明らかになった。

初めてのレースは2008年9月28日に選手権第15戦として開催された。ルノーのフェルナンド・アロンソがレースを制したが、約1年後、その裏にあった黒い真実が明るみに出た。

ルノーを解雇されたネルソン・ピケJr.がその直後、FIAに対し、マシンの軽いアロンソを有利に導くため、セーフティカーを投入することを意図して、故意にクラッシュを強いられたと証言した。

その後、審理に発展した一連の騒動は"クラッシュゲート"と呼ばれ、ドライバー2人は処分を免れたが、チームは執行猶予付き、2年間の参戦資格取り消し処分を言い渡されている。当時のチーム代表フラビオ・ブリアトーレと、テクニカルディレクターのパット・シモンズは厳しく責任を追及された結果、シモンズには5年間、ブリアトーレにはモータースポーツからの永久追放という重い処分が下された。

2009年はルイス・ハミルトンが勝利し、何事もなく無事にレースを終えている。しかし、フリー走行中、前年のピケJr.とまったく同じ場所でルノーのロマン・グロージャンがクラッシュしたときは、会場内にざわめきが広がった。