エステバン・グティエレス メキシコ
| # | Grand Prix | Circuit | Date | Car | Pos | Pts | Qual | FL |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | オーストラリア | アルバート・パーク | 3月17日 | ザウバー (C32) | 13 | 18 | ||
| 2 | マレーシア | セパン | 3月24日 | ザウバー (C32) | 12 | 14 | ||
| 3 | 中国 | 上海 | 4月14日 | ザウバー (C32) | - | 17 | ||
| 4 | バーレーン | サヒール | 4月21日 | ザウバー (C32) | 18 | 22 | ||
| 5 | スペイン | カタロニア | 5月12日 | ザウバー (C32) | 11 | 19 | FL |
| Year | Car | Race | Start | Won | Pod | Class | Best | Pole | Front | Best | Lap | Hat | Pts | Pos | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2013 | Sauber | 5 | 5 | 0 | 0 | 4 | 11 | 0 | 0 | 14 | 1 | 0 | 0 | - | ||||
| Total | 5 | 5 | 0 | 0 | 4 | 11 | 0 | 0 | 14 | 1 | 0 | 0 |
| グランプリ | サーキット | 開催日 | ||
|---|---|---|---|---|
| デビュー戦 | オーストラリアGP | アルバート・パーク | 2013年3月17日 | レース結果 |
| ラストレース | スペインGP | カタロニア | 2013年5月12日 | レース結果 |
カルロス・スリム・ドミット率いるエスクデリア・テルメックスのメンバーとして、若くしてジュニアランクで急速に成長したエステバン・グティエレスは、確かな実績と共にF1にたどりついた。キャリア序盤に"選ばれし者"と呼ばれたグティエレスは2013年にザウバーのレースドライバーとして評判に応える機会を得ている。
グティエレスのキャリアは母国メキシコでカートシリーズのロータックス・マックスから始まり、あっという間に国内で一番の有望株として自らの存在を主張した。16歳でフォーミュラBMW USAに参戦し、翌年はフォーミュラBMWヨーロッパの王者に輝いている。
翌年には競争の激しいF3ユーロシリーズへと進み、最初の4ラウンドを逃しながらも総合9位の結果を残した。この年の終わりにはBMWザウバーの若手ドライバーテストに参加する。2010年はGP3で戦い、16戦中5勝を挙げて同シリーズの初代チャピオンとなった。再びザウバーでテストドライブの機会を得たグティレスは同チームのリザーブドライバーに就任。
2011年のレース週末はザウバーと密接に働く傍ら、ロータスARTのドライバーとしてGP2シリーズにも参戦し、バレンシアのレースで勝利をつかんだ。また、モントリオールのカナダGPではザウバーのレースドライバーだったセルジオ・ペレスの代役が必要となったものの、リザーブドライバーのグティエレスはメキシコにいたため、この役割は経験豊かなペドロ・デ・ラ・ロサの手に渡ってしまう。それでも、2011年もザウバーの若手ドライバーテストに参加し、2日間の作業を担当した。
2012年はGP2で3勝を挙げたが、冷静さを失う場面も多く、それが本格的なタイトル争いの妨げとなる。最終的にランキング3位で終えたグティエレスは『Telmex(テルメックス)』の支援を手に、2013年に先だってザウバーのレースドライバーに指名された。
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ザウバー代表ら、モナコに現れず (2013年5月24日)
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予選改善に取り組むグティエレス (2013年5月22日)
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ザウバー、モナコに新パーツ (2013年5月18日)
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マッサとグティエレスに降格処分 (2013年5月12日)
- グティエレスの交代検討を否定するザウバー (2013年5月6日)
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2013年5月23日 スイミングプールのセクションを走行するグティエレス © Getty Images |
2013年5月12日 バトンを抑え込むグティエレス © Sutton Images |
2013年5月11日 パドックで言葉をかわすグティエレスとヒュルケンベルグ © Sutton Images |
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