セバスチャン・ベッテル
ドイツ
- 氏名 セバスチャン・ベッテル
- 生年月日 1987年7月3日
- 出身地 ドイツ・ヘッペンハイム
- 年齢 24歳327日
- 身長 1.76 m
- 体重 58 kg
- 現所属チーム レッドブル
- 過去の在籍チーム BMWザウバー, トロ・ロッソ
| # | Grand Prix | Circuit | Date | Car | Pos | Pts | Qual | FL |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | オーストラリア | アルバート・パーク | 3月18日 | レッドブル (RB8) | 2 | 18 | 6 | |
| 2 | マレーシア | セパン | 3月25日 | レッドブル (RB8) | 11 | 5 | ||
| 3 | 中国 | 上海 | 4月15日 | レッドブル (RB8) | 5 | 10 | 11 | |
| 4 | バーレーン | サヒール | 4月22日 | レッドブル (RB8) | 1 | 25 | 1 | FL |
| 5 | スペイン | カタロニア | 5月13日 | レッドブル (RB8) | 6 | 8 | 7 |
| Year | Car | Race | Start | Won | Pod | Class | Best | Pole | Front | Best | Lap | Hat | Pts | Pos | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007 | BMW Sauber, Toro Rosso | 8 | 8 | 0 | 0 | 5 | 4 | 0 | 0 | 7 | 0 | 0 | 6 | 14 | ||||
| 2008 | Toro Rosso | 18 | 18 | 1 | 1 | 12 | 1 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 35 | 8 | ||||
| 2009 | Red Bull | 17 | 17 | 4 | 8 | 14 | 1 | 4 | 8 | 1 | 3 | 1 | 84 | 2 | ||||
| 2010 | Red Bull | 19 | 19 | 5 | 10 | 16 | 1 | 10 | 13 | 1 | 2 | 0 | 256 | 1 | ||||
| 2011 | Red Bull | 19 | 19 | 11 | 17 | 18 | 1 | 15 | 18 | 1 | 3 | 2 | 392 | 1 | ||||
| 2012 | Red Bull | 5 | 5 | 1 | 2 | 5 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 61 | 1* | ||||
| Total | 86 | 86 | 22 | 38 | 70 | 1 | 31 | 41 | 1 | 9 | 4 | 834 |
| グランプリ | サーキット | 開催日 | ||
|---|---|---|---|---|
| デビュー戦 | アメリカGP | インディアナポリス | 2007年6月17日 | レース結果 |
| ラストレース | スペインGP | カタロニア | 2012年5月13日 | レース結果 |
2010年に史上最年少でF1世界チャンピオンの称号を手に入れたセバスチャン・ベッテルは現在のトップ3ないし4のドライバーの中でもひときわ輝く星だ。レッドブルの若手ドライバー育成プログラムの産物であるベッテルはF1ワールドチャンピオンに求められる、賢さ、頭の回転の速さ、マシンでの速さ、そのすべてを兼ね備えている。
カートでキャリアを始めたベッテルは2003年、フォーミュラBMWに挑戦してベストルーキーの名誉を得た。翌年には全20戦中18レースで勝利し、タイトルを獲得している。2005年にはユーロF3にステップアップし、2006年にはロバート・クビサの後任としてBMWザウバーのテスト兼リザーブドライバーに就任。その後はワールドシリーズbyルノーに参戦するも、2007年アメリカGPで急きょF1デビューのチャンスが舞い込む。
前戦カナダGPで負傷したクビサの代役としてレース参戦のチャンスを与えられたベッテルは、予選を7番手で通過して臨んだ決勝レースで見事8位入賞を果たした。ちなみに、デビュー戦での予選7番手というのは、同郷の大先輩ミハエル・シューマッハと同じである。
同年のハンガリーGPからは、解雇されたスコット・スピードの後任としてトロ・ロッソのレースシートをゲット。雨の日本GPで、セーフティカー導入中に後のチームメイト、マーク・ウェバー(レッドブル)に追突するなどミスも目立ったが、ウエットコンディションの中国GPで4位入賞という力強い結果を残した。
フル参戦1年目となった2008年もトロ・ロッソを駆ったベッテルだが、シーズン前半戦は数多くのアクシデントに巻き込まれて完走さえままならなかった。しかし、マシンのアップデートが効果を発揮したこともあり、雨のモナコで5位入賞を果たす。新マシンに自信を見いだすことができたベッテルは、またも雨のモンツァで快走してイタリアGPを制覇。F1史上最年少でのポールポジションと優勝をマークしてみせた。同シーズンはランキング8位につけ、2009年からは姉妹チームのレッドブルに移籍。経験豊富なウェバーをチームメイトに迎えたセバスチャンは、予選から好パフォーマンスを発揮して印象的な活躍を披露。中国GP、イギリスGP、日本GP、アブダビGPで勝ち、ランキング2位でフル参戦2年目のシーズンを終えた。
ドラマチックな幕切れとなった最終戦で初の王者に輝くまでランキングをリードすることはなかったとは言え、2010年は大活躍の年となった。シーズンを通して最速のマシンを操る最速のドライバーでありながら信頼性の問題やいくつかの大きなエラーのためにタイトル争いの蚊帳の外で迎えたラストレースにて、チャンピオン候補のフェルナンド・アロンソとマーク・ウェバーがそれぞれ7位と8位に終わったのを尻目に勝利を得たベッテルがこの年の栄冠を手にしている。
初めての防衛戦を前にレッドブルとの契約を2014年末まで延長したベッテルは、2011年シーズンの開幕から8戦で6勝、全19戦中16レースをトップ2で終え、4グランプリを残した状態でチャンピオンシップを勝ち取るという圧倒的な成績でチームの期待に応えた。
【長所と短所】
グリッド上で最速ドライバーの一人である。ポールポジションからのスタートダッシュも多いが、後方グリッドからの戦いや第1コーナーでの競争においては避けられるはずのアクシデントを引き起こしてしまうこともある。
【キャリア最高の瞬間】
2010年にF1史上最年初王者に輝いたこと。また2008年に決してトップレベルのマシンではなかったトロ・ロッソを駆り、イタリアGPでポール・トゥ・ウインを飾った走りは、称賛に値するだろう。
【キャリア最低の瞬間】
表彰台争いに加わっていた2007年日本GP、舞台はウエットコンディションの富士スピードウェイだった。セーフティカー導入中、先頭ルイス・ハミルトン(マクラーレン)、2番手ウェバーに続いて3番手を走行していたベッテルは、ハミルトンのトリッキーな動きも関係していたのか、それとも単に集中力が切れてしまったのか分からないが、前を走るウェバーに突っ込んでしまう。これで両者リタイアとなったが、トロ・ロッソのガレージに戻ってきたベッテルが思わず号泣するシーンを国際映像がとらえていた。このアクシデントはFIAからもベッテルに非があると判断され、いったんは次戦中国GPでの10グリッド降格処分を受けている(その後、処分は撤回された)。
【注目のコメント】
セバスチャン・ベッテル
「チェッカーフラッグなんて、ただの木の棒と布切れでできているだけなんだけどね。でも、ホントに小さなことだけど、コントロールラインを通過した時にそれが振られることには大きな意味がある」
「船と同じように、マシンにもセクシーな女の子の名前をつけてあげなきゃ。僕のもともとのマシンは"ケイト"って呼んでいたんだ。だけど、オーストラリアの開幕戦でダメになっちゃった。だから、今回のマシンは"Kate's Dirty Sister(ケイトズ・ダーティ・シスター/ケイトの荒くれ妹分)"って呼んでいるんだ。だってこっちの方がアグレッシブで速いから」
マーティン・ブランドル
「ベッテルは直線を走るとき、笑ったり自分にジョークを言ったりしているんじゃないかと想像している。彼のふるまいを見る限りでは、そう思えるよ」
【トリビア】
イギリスびいきのベッテルは、モンティ・パイソンやリトル・ブリテンのようなイギリスコメディ、さらに音楽ではビートルズを好む。また、イギリス式の朝食もお気に入りのようだ。
-
ピレリ、「2011年のスリルをもう一度」 (2012年5月25日)
-
モナコでも回り続けるF1ルーレット (2012年5月24日)
-
王者には運も必要とベッテル (2012年5月24日)
-
モナコにはやり残したことがあるとバトン (2012年5月21日)
- "新"F1にはニューイの神通力も通用せず (2012年5月18日)
|
2012年5月24日 モナコの街並みを背景に走るベッテル © Sutton Images |
2012年5月24日 観客の目の前を走り去るベッテル © Sutton Images |
2012年5月24日 ピットに戻ったベッテル © Sutton Images |
||

