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/ 12月

  • SUPER AGURIのF1参戦

今日は何の日:12月22日

2008年にF1から撤退したSUPER AGURI © Sutton Images
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【1997年】

任天堂が55ポンドで発売した新作F1ゲームでイギリス人と表記され、デビッド・クルサードは不機嫌だった。クルサードはデイモン・ヒル、マーティン・ブランドルと並んでイギリスのベストドライバーにリストアップされており、クルサードのスポークスマンは「彼はマシンにもヘルメットにも斜め十字をつけている。彼らがそれらを見つけられないとすれば、どんな望みがあるというのだ? デビッドはきっと本気で腹を立てるだろう。彼はスコットランド人であることを誇りに思っているし、激怒するはずだ」と語った。

【2003年】

公式レースに参戦した初のハンガリー人ドライバーであるゾルト・バウムガルトナーが政府より270万ポンドの支援を受けてミナルディのレースシートを獲得した。2003年ハンガリーGPでラルフ・ファーマンの代役として突然のデビューを果たしたバウムガルトナー。ルーキーイヤーに続き、翌年も残留すると見られていたものの、ミナルディはクリスチャン・アルバースとパトリック・フリーザッハーを起用したため、1年限りでF1を去っている。

【2005年】

SUPER AGURIにF1参入のゴーサインが出される。元F1ドライバーの鈴木亜久里代表が率いるチームは遅れてエントリーを提出したため、他チームから異言があるかどうか待機しなければならなかった。亜久里代表は「われわれの遅いエントリーを受け入れてくれたすべてのチームに感謝します。SUPER AGURI F1チームが協力を惜しまず、皆さんの期待に応えられるようベストを尽くすことを保証します」と語っている。3年目の2008年シーズン序盤、4戦に出走した後、F1を去った。

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