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/ 5月

  • アスカリに2度目の奇跡は起きず

今日は何の日:5月26日

モナコでの奇跡の生還から4日後、この世を去ったアルベルト・アスカリ © Getty Images
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【1955年】

モナコGPで海に飛び込み、無傷で生還したアルベルト・アスカリが事故から4日後、モンツァでフェラーリをテスト中に事故死した。モンテカルロの事故で難を逃れたアスカリは友人に「いつか自分は戻らないかもしれないし、もしそうなれば子供たちが苦しむだろうから、子供には自分をあまり好いてほしくない」と語っていたのだそうだ。モンツァでは午前にフェラーリをテストし、ランチタイムにもさらに数周を走っている。クラッシュは2周目に起きた。葬儀には100万人以上が参列、ミラノの通りに列をなした。ファン・マヌエル・ファンジオは「最も偉大なライバルを失った」と悲しい胸の内を明かしている。

【1958年】

オランダGPをヴァンウォールのスターリング・モスが制す。上位6台はすべてイギリス人ドライバー、あるいはイギリス系のチームに所属するドライバーだった。モスはハリー・シェル、ジャン・ベール以外のすべてを周回遅れにして完勝している。

【1963年】

モナコGPをBRMのグラハム・ヒルが制し、2位にチームメイトのリッチー・ギンザーが入った。左足にエンジンの熱を感じながらドライブし続けたグラハムはコースレコードを2回更新した後、79周目に長らくレースをリードしていたジム・クラークがスパンを喫したことで先頭に踊り出ている。

【1968年】

この年のモナコGPもチェッカーを受けた者は少なく、16台が参戦したうち5台のみがゴール。ロータスのグラハム・ヒルがモンテカルロで4勝目を挙げた。レースはグラハムとBRMのリチャード・アトウッドの一対一のバトルで展開された。

【1969年】

1955年のアルベルト・アスカリを彷彿させるように、1965年にモナコGPでマシンごと海に飛び込み生還したポール・ホーキンスがイギリスのオールトン・パークで開催されたRACツーリスト・トロフィーのレース中にクラッシュを喫して命を落とした。

【1974年】

モナコGPが開催され、スタートした25台中9台しかゴールしなかったレースでジョン・プレイヤー・スペシャルを駆ったロニー・ピーターソンが優勝した。オープニングラップの玉突き事故で5台が脱落、他に3台がピットに戻る波乱のレースだった。

【1974年】

モンツァで行われた1,000kmのスポーツカーレースでローラBMWをドライブ中に事故を起こした翌月、スイス人ドライバーのシルビオ・モーザーが死亡した。頭部などに重症を負ったモーザーの意識が戻ることはなかった。1967年と1971年に合計で12戦に出走し、うちトップ6でフィニッシュすること2回。クラッシュを喫した当時、F1に復帰して1週間しかたっていなかった。

【2002年】

ファン-パブロ・モントーヤとミハエル・シューマッハとのバトルを制し、デビッド・クルサードが2000年に続いて2度目のモナコGP制覇を成し遂げた。「ミラーを見て、ああいうドライバーが後ろにいるとうれしくはないけど、彼らが前にいるよりはずっといい」と語ったクルサード。一方、シューマッハは「ファン(モントーヤ)を見るのはかなりおもしろかった。いくつかバリアをこすりながら、ロックしたり横向きになったりしていたんだ。彼がコントロールを失っているのかと思ったけど、結局そうはならなかったし、うまく集中し続けていたと思う」とコメントしている。

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