On This Day

/ 3月

  • バリチェロのアンハッピーな記念日

今日は何の日:3月16日

2008年オーストラリアGPに出走したバリチェロ © Sutton Images
拡大

【1942】

オランダ人レースドライバーのジィズ・バン・レネップが誕生。8戦に出走し、まずまずの成績を残しているが、長距離レースのドライバーとしての方が有名。1971年のル・マンでヘルムート・マルコと共にマティーニがスポンサードするポルシェをドライブして優勝した。最後のレースは1976年の同じくル・マン。コドライバーにジャッキー・イクスを有し、このときもポルシェで再び表彰台の頂点に立っている。その場でモータースポーツからの引退を発表した。

【1943】

ドイツのメンヘングラートバハでハンス・ヘイヤーが生まれる。1戦のみにしか出走していないが、それも違法の参戦だった。シングルシーターでの経験不足と欠陥マシンと言われたATSペンスキーPC4により、1977年のドイツGPにて予選落ち。しかしながら、マーシャルに人気が高かったヘイヤーは彼らの手によってグリッドの最後尾からスタートしたのである。それでも10周を走ってギアボックストラブルに見舞われ、リタイア。次戦への出走が禁止されるとともに、資格をはく奪されている。その後、F1で再びレースをすることはなかった。

【1995】

50万ポンドを費やすナイジェル・マンセルに合った調整を施す間、マクラーレンはマーティン・ブランドルがそのマシンをドライブすると発表。マンセルはコックピットが小さすぎるとして2戦を欠場し、さらにその後2戦を走ってチームを去った。

【1996】

エディ・アーバインの予言は最大限に的外れだった。シーズン開幕戦オーストラリアGPを優勝で飾ったデイモン・ヒルについて、アーバインは「彼はワールドチャンピオンシップを勝つにはまだ足りない。彼の中にワールドチャンピオンになるんだという思いがあるようには思えないんだ。彼を見てみてよ、そう思わない? オーストラリアで彼はジャック(ビルヌーブ)の影に隠れた。正直、ジャックを見ると彼が愚かに見える。デイモンの方がF1経験豊富なのに、ジャックの方がどのセッションでも良く見えた。デイモンより彼の方がうまくやるだろう」とコメント。この年、ドライバーズ選手権を制したのはデイモン・ヒルだった。

【2000】

ルノーが1億1,000万ドルでベネトンを買収、チーム代表にはフラビオ・ブリアトーレが就任した。ベネトンのルチアーノ・ベネトン会長はグランプリレーシングにおけるコスト増加によってF1を追われるのだと述べ、「競争はすべて勝つことにある。他よりも予算が少なければ、奇跡など期待できないのだ」と語っている。

【2008】

20万人の観客が見守る中、オーストラリアでシーズン開幕戦が行われた。このレースで250戦目の出走を果たしたのがルーベンス・バリチェロだ。しかしながら、偉業達成を祝うにいい1日とはならず、ピットレーン出口の赤信号を無視したとしてリザルトをはく奪されている。優勝したのはポールポジションを獲得したマクラーレンのルイス・ハミルトン。同年、ハミルトンがドライバーズ選手権を制した。

© ESPN Sports Media Ltd.
Close