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/ 2月

  • プロストが自チームを立ち上げ

今日は何の日:2月13日

過去5シーズンに参戦したアラン・プロストのF1チーム © Sutton Images
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【1948】

ジム・クロフォードがスコットランドのダンファームリンで生誕。キャリア早期は資金不足にあえぎ、チャンスをつかむためメカニックとしても働いている。ジョン・プレイヤーズ・スペシャル・フォーミュラ・アトランティックでついにドライブの機会を得ると、数々の成功を収めた。ロータスドライバーだったジャッキー・イクスが突如F1を引退、テストドライバーだったクロフォードが夢に見たF1デビューを果たす。コリン・チャップマンからの要請を受けてイギリスGPでステアリングを握ったクロフォードだったが、アクシデントに遭遇して早々にリタイアを喫してしまい、再びレースに出走するチャンスはイタリアまで待たなければならなかった。2戦目では13位でフィニッシュしたものの、チャップマンの期待にはそぐわず、その後、永久にF1のシートを得ることはなかった。イギリスにて開催されていたオーロラAFX選手権でF1マシンをドライブした後、アメリカに渡ってチャンプカーに参戦。レースを引退してからはフロリダの漁船の船長になったが、心臓発作により54歳の若さでこの世を去っている。

【1997】

アラン・プロストがプロスト・フォーミュラ・ワン・チームを立ち上げるため、リジェを買収した。リジェは1976年からF1に参戦していたものの、1970年代後半に入り、1980年代初旬にかけてはタイトル争いにからむことはなかった。一方、プロスト・チームはそのデビューイヤーにいくつかの成功を収めている。2回の表彰台フィニッシュを果たし、コンストラクターズ選手権で6位につけたのだ。しかしながら、再びパフォーマンスに苦悩し、2001年にチームは姿を消した。

【2004】

ウィリアムズのパトリック・ヘッドがファン-パブロ・モントーヤとの古傷を再び開く。2005年に先だってモントーヤがマクラーレンと契約を締結したのは2003年フランスGPでモントーヤとヘッドがかわした討論を理由だったのではないかと推測したのだ。当時チームメイトだったラルフ・シューマッハにアドバンテージを与えるためラルフの戦略が変更されたと考えたモントーヤは無線でチームをののしった。ヘッドは「ファン(モントーヤ)は説教されたことが嫌だったんじゃないか。マクラーレンとの契約がそのわずか数日後だったことは分かっている。ファンはわれわれがラルフの走りを彼に伝え、ラルフを1周早く呼んだという風に誤った方向に考えてしまったのだ。だから、無線ではかなり強い口調だった。そこから10分間、暴言が続いた」と明かしている。

【2005】

ブガッティを最後にドライブしたモーリス・トランティニアンが87歳で永眠。1930年代に成功を収めたが、第二次世界大戦によってキャリアが中断されてしまう。それにもかかわらず、誉れ高きモナコGPを2度制している。

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