モナコGP
モナコGPといえば、おそらくF1カレンダーの中で最も有名、かつ間違いなく最も華やかなイベントだろう。公国の市街地を使ったレースは1929年から開催されており、モータースポーツイベントとしてはインディ500、ル・マン24時間と共に世界3大レースの1つに数えられる。
"モナコ・マイスター"として知られたグラハム・ヒルはここで5回の優勝を飾った。彼はまた、前述の3大レースすべてを制した唯一の人物でもある。彼のモナコ勝利記録は6勝したアイルトン・セナによって破られた。そのうち1989年から1993年は5年連続優勝を含む。
初の世界選手権レースは1950年に開催され、ファン・マヌエル・ファンジオが制した。1955年まで少し間が開いたが、それ以降は欠かさずカレンダー入りしている。危うく1972年のレースは中止になるところだった。伝統的にレース出走を許可されるマシンの台数が主催者により決められることになっており、最初は16台と決められたのだが、バーニー・エクレストンは毎レース最低18台を保証する契約交渉を進めていた。結局、主催者側が折れてレースは実施されている。
1984年から1993年の間の優勝者は2人しかいない――アラン・プロストとアイルトン・セナだ。セナは常にモナコで人気が高く、1987年のレース翌日、ヘルメットをかぶらずにオートバイに乗っているところを警官に捕まったのだが、それがセナだと分かるや、解放されてしまったという逸話が残っている。
ワールドチャンピオンに7回輝いたミハエル・シューマッハは、グラハム・ヒルの記録と並ぶ5勝を挙げている。しかし、2006年、マシンをスピンさせてラスカスヘアピンをふさいだ行為は大きな批判を浴びた。黄旗が振られたためにライバルたちはタイムを更新することができず、シューマッハがポールポジションを獲得。本物の事故だとシューマッハは主張したものの、FIAは同意せず、予選タイムをはく奪された。
非常に危険なコースで知られ、大事故も多く起きているが、直接命に関わった事故は1度だけだ。1967年、ロレンツォ・バンディーニがレースでクラッシュ後に起きた火災で大やけどを負い、亡くなった。だが、もっとも記憶に残っている事故といえばアルベルト・アスカリが思い浮かぶだろう。海に落ちたドライバーは彼を含めて2人しかいない。
コースはタイトでツイスティ、ドライバーにとっては最も過酷なレースの1つとされているが、このイベントの特色は主に3つある。コース上に長いトンネルを持つ唯一のサーキットであり、ドライバーは毎ラップ、日なたと日陰への目の調節を強いられる。また、表彰式のセレモニーはロイヤルボックスの階段を使って行われるため、唯一表彰台のない会場だ。最後に、モナコはレース前の木曜日にフリー走行が行われる唯一のイベントだ。金曜日に公道をオープンにするための配慮である。
