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ニコ・ロズベルグ  ドイツ

  • 氏名 ニコ・ロズベルグ
  • 生年月日 1985年6月27日
  • 出身地 ドイツ・ヴィースバーデン
  • 年齢 31歳58日
  • 身長 1.78 m
  • 体重 71 kg
  • 関係 お父さん - K.ロズベルグ
  • 現所属チーム メルセデス
  • 過去の在籍チーム ウィリアムズ
driver portrait
2016年の世界選手権
# Grand Prix Circuit Date Car Pos Pts Qual FL
1 オーストラリア アルバート・パーク 3月20日 メルセデス (F1 WO7 Hybrid) 1 25 2
2 バーレーン サヒール 4月3日 メルセデス (F1 WO7 Hybrid) 1 25 2 FL
3 中国 上海 4月17日 メルセデス (F1 WO7 Hybrid) 1 25 1
4 ロシア連邦 ソチ 5月1日 メルセデス (F1 WO7 Hybrid) 1 25 1 FL
5 スペイン カタロニア 5月15日 メルセデス (F1 WO7 Hybrid) - 2
6 モナコ モナコ 5月29日 メルセデス (F1 WO7 Hybrid) 7 6 2
7 カナダ モントリオール 6月12日 メルセデス (F1 WO7 Hybrid) 5 10 2 FL
8 ヨーロッパ バクー 6月19日 メルセデス (F1 WO7 Hybrid) 1 25 1 FL
9 オーストリア シュピールベルク 7月3日 メルセデス (F1 WO7 Hybrid) 4 12 6
10 イギリス シルバーストーン 7月10日 メルセデス (F1 WO7 Hybrid) 3 15 2 FL
11 ハンガリー ハンガロリンク 7月24日 メルセデス (F1 WO7 Hybrid) 2 18 1
12 ドイツ ホッケンハイム 7月31日 メルセデス (F1 WO7 Hybrid) 4 12 1
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
2006 Williams 18 18 0 0 9 7 0 0 3 1 0 4 17
2007 Williams 17 17 0 0 14 4 0 0 4 0 0 20 9
2008 Williams 18 18 0 2 16 2 0 0 5 0 0 17 13
2009 Williams 17 17 0 0 16 4 0 0 3 1 0 34.5 7
2010 Mercedes 19 19 0 3 16 3 0 1 2 0 0 142 7
2011 Mercedes 19 19 0 0 17 5 0 0 3 0 0 89 7
2012 Mercedes 20 20 1 2 17 1 1 2 1 2 0 93 9
2013 Mercedes 19 19 2 4 17 1 3 7 1 0 0 171 6
2014 Mercedes 19 19 5 15 17 1 11 16 1 5 0 317 2
2015 Mercedes 19 19 6 15 17 1 7 15 1 5 1 322 2
2016 Mercedes 12 12 5 7 11 1 5 11 1 5 2 198 2*
Total 197 197 19 48 167 1 27 52 1 19 3 1407.5
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 バーレーンGP サヒール 2006年3月12日 レース結果
ラストレース ドイツGP ホッケンハイム 2016年7月31日 レース結果
プロフィール
© Sutton Images

1982年のF1ワールドチャンピオンである父ケケ・ロズベルグに連れられて幼少期をパドックで過ごしたとはいえ、ニコ・ロズベルグにF1での未来が約束されていたわけではなかった。モナコで育ち、他にも多くの趣味を持つよう言われてきたロズベルグはプロのテニスプレーヤーを目指したことすらあったという。

11歳でカートを始めたロズベルグは2002年にドイツのフォーミュラBMWにステップアップ、初シーズンを9勝で締めくくってタイトルを獲得した。ウィリアムズでのテストドライブのチャンスをつかんだのは17歳の時。史上最年少でF1マシンを駆ったドライバーとなったロズベルグは父が所有するチーム・ロズベルグからF3に参戦するなどその後も順調そのものだった。2005年にはロンドンのインペリアル・カレッジ航空学部に合格するも、レースの道に進むことを決断している。

その賭けは見事に成功し、同年、ARTレーシングからGP2シリーズ昇格を果たす。ライバルのヘイキ・コバライネンに15点差をつけてルーキーイヤーにチャンピオンシップを制覇した。GP2での目覚ましい活躍により、2006年はマーク・ウェバーのパートナーとしてウィリアムズのレースシートを手に入れている。

2006年の開幕戦バーレーンGPでのF1グランプリデビューはそれ以上ないと言うほどの出来だった。レース序盤にニック・ハイドフェルドと接触して後方に順位を下げたが、入賞を目指して徐々にポジションを取り戻し、最終的に7位でフィニッシュ。また、同レースでたたき出したロズベルグのベストラップはF1史上最年少でのファステストラップ達成である。さらに続く第2戦では予選3番手に。レースはエンジントラブルにより3周目にリタイアを喫した。デビューイヤーは合計で4ポイントを獲得、ランキング17位で終えた。

2年目は初シーズンの成績を上回り20点を挙げてドライバーズ選手権9位。2007年の最高位は最終戦ブラジルGPでマークした4位だ。初めて表彰台に上ったのは翌2008年シーズンの開幕戦オーストラリアGP。メルボルンで3位チェッカーを受けたロズベルグは同年後半に開催されたシンガポールGPでようやく2度目の表彰台をゲットする。キャリアを通しての最高位を2位としたロズベルグだったが、やや一貫性にかける結果からランキングでは13位に後退してしまった。

2009年はロズベルグにとってベストシーズンだったが、フリー走行時には一貫して好タイムを記録しながらも、予選ではそのスピードを再現できず。表彰台には手が届かなかったものの、着実にポイントを重ねてシーズンを7位で締めくくり、2010年に先だってメルセデスGP移籍が決まった。移籍後のシーズンはパートナーにミハエル・シューマッハを迎えながらも、表彰台に上ること3回、ほぼすべてのレースでシューマッハを押さえ込む。

この活躍で未来の世界チャンピオン候補として考えられていたロズベルグだが快進撃は続かず、2011年は表彰台に上ることなくシーズンを終えた。しかし2012年に事態は変化し、シーズン3戦目の中国GPでF1キャリア初勝利をマーク。同時にメルセデスに1995年以来のコンストラクターとしての勝利をプレゼントする。モナコGPの2位など印象的なパフォーマンスが続いたが、マシンペースはあっという間に衰えてしまい、シーズンラスト6戦では1ポイントも挙げることができなかった。

3年間にわたってシューマッハを打ち破ったロズベルグは2013年にルイス・ハミルトンをチームメイトに迎える。マレーシアGPでは速さ的に明らかに優位だったロズベルグに対してピットウオールからチームメイトの後ろにとどまるよう指示が出るなど、当初は不穏な幕開けだったものの、ロズベルグはすぐに反撃を開始。3回連続ポールポジションの後にモナコで優勝を飾り、その2戦後のイギリスGPでも勝利している。

その後は勢いが弱まり2回の表彰台フィニッシュが精いっぱいだったが、翌年にV6ターボエンジンの時代が幕を開けると、メルセデスのエンジンとマシンがライバルたちに大きな差をつけた。メルセデスがあまりにも強力だったため、タイトル争いがロズベルグとハミルトンの一騎打ちになることはすぐに明白となった。

2014年に期待を上回る活躍を披露したロズベルグはとりわけ土曜日の予選で速さを示し、ハミルトンを下してFIAが新設したポールトロフィーを勝ち取っている。肝心のレースは5勝を記録して最終戦までチャンピオン候補にとどまったものの、土曜日とは一転して日曜日は僚友のハミルトンが別次元のレベルを発揮することがしばしばだった。加えて、モナコGP予選中にコース上でストップしたインシデントが一部で意図的だったと批判されたほか、ベルギーGPでロズベルグがハミルトンに接触したメルセデス勢の同士討ちなどネガティブな側面も話題に上っている。チャンピオンシップ争いが激しさを増す中、スパの一件を受けてメルセデスはロズベルグに戒告処分を科した。

次こそは父ケケの足跡を追ってチャンピオンの座を射止めようと挑んだ2015年シーズン。しかしながら、スタートダッシュを決めたのはロズベルグではなく、ライバルでありチームメイトのハミルトンだった。この年のタイトル争いは3戦を残した段階でハミルトンに軍配が上がり、ロズベルグはまたもドライバーズチャンピオンシップ2位に甘んじている。とは言え、ロズベルグはマシン開発の方向性が変わったシーズン終盤に6連続ポールポジションを獲得したほか、ラスト3戦のすべてで優勝を果たした。相棒に一矢報いたロズベルグは同年の走りを10点満点で「7.5点くらい」と自己評価している。

引き続きハミルトンと組む2016年はロズベルグにとってメルセデスでの7シーズン目にあたる。2015年終盤の調子が続けば、長く待たれる初戴冠にも手が届くかもしれない。

【長所と短所】

もともとのペースや才能など、生まれ持った能力の高いドライバーの1人であるロズベルグだが、ハミルトンと並べて比較するとスピードが足りない。データ分析にかける熱心さと献身はまだ十分に報われていないながらも、時にチームメイトに打ち勝つ方法を導き出すこともあった。

【キャリア最高の瞬間】

2012年中国GPでライバルたちに大差をつけて初勝利を飾ったこと。

【キャリア最低の瞬間】

スパで開催された2014年ベルギーGP決勝レース2周目にハミルトンに対して見せた手際の悪い動き。結果的にメルセデス同士が接触する事態に陥り、ハミルトンがパンクチャーを喫してリタイアする一方、ロズベルグはレースを継続して2位フィニッシュを遂げた。この時の表彰台でロズベルグはブーイングの嵐に直面している。また、これを境に選手権争いの流れはハミルトンの方へ大きく傾き、次からの5戦連続でハミルトンがウイナーとなった。

【注目のコメント】

◆ ニコ・ロズベルグ:父ケケと比較されて。

「いつもながら本当にめんどうな話だ。確かに、ああいう父親がいる僕はラッキーだと思うし、僕のキャリアにとってもありがたいことだけど、結局のところ、レースするのは自分だし、その結果は自分のものなんだ」

◆ フランク・ウィリアムズ代表

「コース上では最もエキサイティングなドライバーだ。時にはわれわれのせいでもあるのだが、窮地に陥った時も自力で抜け出す力がある。オープニングラップの終わりにはポジションを3つ上げてきたりね。ひたむきで快活、少し傲慢(ごうまん)なところもあるが、それはいいことでもある。プロモーション関係の人たちとはいつもうまくやっていて、文句ひとつ言わない。とても優秀だ」

【トリビア】

元F1チャンピオンである父ケケ・ロズベルグはフィンランド出身だが、ニコは母親がドイツ人ということもあり、ドイツ国籍でレースをしている。ドイツ語、英語、イタリア語、フランス語を流暢に話すものの、フィンランド語は話せない。

ノート

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