ニコ・ロズベルグ  ドイツ

  • 氏名 ニコ・ロズベルグ
  • 生年月日 1985年6月27日
  • 出身地 ドイツ・ヴィースバーデン
  • 年齢 29歳57日
  • 身長 1.78 m
  • 体重 71 kg
  • 関係 お父さん - K.ロズベルグ
  • 現所属チーム メルセデス
  • 過去の在籍チーム ウィリアムズ
driver portrait
2014年の世界選手権
# Grand Prix Circuit Date Car Pos Pts Qual FL
1 オーストラリア アルバート・パーク 3月16日 メルセデス (WO5) 1 25 3 FL
2 マレーシア セパン 3月30日 メルセデス (WO5) 2 18 3
3 バーレーン サヒール 4月6日 メルセデス (WO5) 2 18 1 FL
4 中国 上海 4月20日 メルセデス (Hybrid) 2 18 4 FL
5 スペイン カタロニア 5月11日 メルセデス (Hybrid) 2 18 2
6 モナコ モナコ 5月25日 メルセデス (Hybrid) 1 25 1
7 カナダ モントリオール 6月8日 メルセデス (Hybrid) 2 18 1
8 オーストリア シュピールベルク 6月22日 メルセデス (Hybrid) 1 25 3
9 イギリス シルバーストーン 7月6日 メルセデス (Hybrid) - 1
10 ドイツ ホッケンハイム 7月20日 メルセデス (Hybrid) 1 25 1
11 ハンガリー ハンガロリンク 7月27日 メルセデス (F1 WO5 Hybrid) 4 12 1 FL
12 ベルギー スパ 8月24日 メルセデス (F1 WO5 Hybrid) - 1
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
2006 Williams 18 18 0 0 9 7 0 0 3 1 0 4 17
2007 Williams 17 17 0 0 14 4 0 0 4 0 0 20 9
2008 Williams 18 18 0 2 16 2 0 0 5 0 0 17 13
2009 Williams 17 17 0 0 16 4 0 0 3 1 0 34.5 7
2010 Mercedes 19 19 0 3 16 3 0 1 2 0 0 142 7
2011 Mercedes 19 19 0 0 17 5 0 0 3 0 0 89 7
2012 Mercedes 20 20 1 2 17 1 1 2 1 2 0 93 9
2013 Mercedes 19 19 2 4 17 1 3 7 1 0 0 171 6
2014 Mercedes 11 11 4 9 10 1 6 7 1 4 0 202 1*
Total 158 158 7 20 132 1 10 17 1 8 0 772.5
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 バーレーンGP サヒール 2006年3月12日 レース結果
ラストレース ハンガリーGP ハンガロリンク 2014年7月27日 レース結果
プロフィール
© Sutton Images

1982年のF1ワールドチャンピオンである父ケケ・ロズベルグに連れられて幼少期をパドックで過ごしたとはいえ、ニコ・ロズベルグにF1での未来が約束されていたわけではなかった。モナコで育ち、他にも多くの趣味を持つよう言われてきたロズベルグはプロのテニスプレーヤーを目指したことすらあったという。

11歳でカートを始めたロズベルグは2002年にドイツのフォーミュラBMWにステップアップ、初シーズンを9勝で締めくくってタイトルを獲得した。ウィリアムズでのテストドライブのチャンスをつかんだのは17歳の時。史上最年少でF1マシンを駆ったドライバーとなったロズベルグは父が所有するチーム・ロズベルグからF3に参戦するなどその後も順調そのものだった。2005年にはロンドンのインペリアル・カレッジ航空学部に合格するも、レースの道に進むことを決断している。

その賭けは見事に成功し、同年、ARTレーシングからGP2シリーズ昇格を果たす。ライバルのヘイキ・コバライネンに15点差をつけてルーキーイヤーにチャンピオンシップを制覇した。GP2での目覚ましい活躍により、2006年はマーク・ウェバーのパートナーとしてウィリアムズのレースシートを手に入れている。

2006年の開幕戦バーレーンGPでのF1グランプリデビューはそれ以上ないと言うほどの出来だった。レース序盤にニック・ハイドフェルドと接触して後方に順位を下げたが、入賞を目指して徐々にポジションを取り戻し、最終的に7位でフィニッシュ。また、同レースでたたき出したロズベルグのベストラップはF1史上最年少でのファステストラップ達成である。さらに続く第2戦では予選3番手に。レースはエンジントラブルにより3周目にリタイアを喫した。デビューイヤーは合計で4ポイントを獲得、ランキング17位で終えた。

2年目は初シーズンの成績を上回り20点を挙げてドライバーズ選手権9位。2007年の最高位は最終戦ブラジルGPでマークした4位だ。初めて表彰台に上ったのは翌2008年シーズンの開幕戦オーストラリアGP。メルボルンで3位チェッカーを受けたロズベルグは同年後半に開催されたシンガポールGPでようやく2度目の表彰台をゲットする。キャリアを通しての最高位を2位としたロズベルグだったが、やや一貫性にかける結果からランキングでは13位に後退してしまった。

2009年はロズベルグにとってベストシーズンだったが、フリー走行時には一貫して好タイムを記録しながらも、予選ではそのスピードを再現できず。表彰台には手が届かなかったものの、着実にポイントを重ねてシーズンを7位で締めくくり、2010年に先だってメルセデスGP移籍が決まった。移籍後のシーズンはパートナーにミハエル・シューマッハを迎えながらも、表彰台に上ること3回、ほぼすべてのレースでシューマッハを押さえ込む。

この活躍で未来の世界チャンピオン候補として考えられていたロズベルグだが快進撃は続かず、2011年は表彰台に上ることなくシーズンを終えた。しかし2012年に事態は変化し、シーズン3戦目の中国GPでF1キャリア初勝利をマーク。同時にメルセデスに1995年以来のコンストラクターとしての勝利をプレゼントする。モナコGPの2位など印象的なパフォーマンスが続いたが、マシンペースはあっという間に衰えてしまい、シーズンラスト6戦では1ポイントも挙げることができなかった。

3年間にわたってシューマッハを打ち破ったロズベルグは2013年にルイス・ハミルトンをチームメイトに迎える。マレーシアGPでは速さ的に明らかに優位だったロズベルグに対してピットウオールからチームメイトの後ろにとどまるよう指示が出るなど、当初は不穏な幕開けだったものの、ロズベルグはすぐに反撃を開始。3回連続ポールポジションの後にモナコで優勝を飾り、その2戦後のイギリスGPでも勝利している。

その後は勢いが弱まり2回の表彰台フィニッシュが精いっぱいだったが、ロズベルグはハミルトンに匹敵する力を示した。2人は2014年も強力なタッグを組む。

【長所と短所】

ロズベルグはもともとのペースや才能など、生まれ持った能力の高いドライバーの1人だが、勝てるマシンにするための開発という点ではまだその力を示せていない。

【キャリア最高の瞬間】

2012年中国GPでライバルたちに大差をつけて初勝利を飾ったこと。

【キャリア最低の瞬間】

2009年シンガポールGPでは予選を3位で通過し、決勝では一時2番手を走る。ラップリーダーだったルイス・ハミルトンを抜いて初勝利を狙えるポジションにいたものの、18周目にピットストップを行った際、ピットの出口で白線を踏んでしまいドライブスルーペナルティを科せられ、最終的に11位フィニッシュという残念な結果に終わったこと。

【注目のコメント】

◆ ニコ・ロズベルグ:父ケケと比較されて。

「いつもながら本当にめんどうな話だ。確かに、ああいう父親がいる僕はラッキーだと思うし、僕のキャリアにとってもありがたいことだけど、結局のところ、レースするのは自分だし、その結果は自分のものなんだ」

◆ フランク・ウィリアムズ代表

「コース上では最もエキサイティングなドライバーだ。時にはわれわれのせいでもあるのだが、窮地に陥った時も自力で抜け出す力がある。オープニングラップの終わりにはポジションを3つ上げてきたりね。ひたむきで快活、少し傲慢(ごうまん)なところもあるが、それはいいことでもある。プロモーション関係の人たちとはいつもうまくやっていて、文句ひとつ言わない。とても優秀だ」

【トリビア】

元F1チャンピオンである父ケケ・ロズベルグはフィンランド出身だが、ニコは母親がドイツ人ということもあり、ドイツ国籍でレースをしている。ドイツ語、英語、イタリア語、フランス語を流暢に話すものの、フィンランド語は話せない。

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2014年8月23日

2014年8月22日

オー・ルージュを走行するロズベルグ

2014年8月22日

ラ・スルスを走るロズベルグ

     

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