セルジオ・ペレス メキシコ
| # | Grand Prix | Circuit | Date | Car | Pos | Pts | Qual | FL |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | オーストラリア | アルバート・パーク | 3月17日 | マクラーレン (MP4-28) | 11 | 15 | ||
| 2 | マレーシア | セパン | 3月24日 | マクラーレン (MP4-28) | 9 | 2 | 9 | FL |
| 3 | 中国 | 上海 | 4月14日 | マクラーレン (MP4-28) | 11 | 12 | ||
| 4 | バーレーン | サヒール | 4月21日 | マクラーレン (MP4-28) | 6 | 8 | 12 | |
| 5 | スペイン | カタロニア | 5月12日 | マクラーレン (MP4-28) | 9 | 2 | 8 |
| Year | Car | Race | Start | Won | Pod | Class | Best | Pole | Front | Best | Lap | Hat | Pts | Pos | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2011 | Sauber | 18 | 17 | 0 | 0 | 13 | 7 | 0 | 0 | 9 | 0 | 0 | 14 | 16 | ||||
| 2012 | Sauber | 20 | 20 | 0 | 3 | 14 | 2 | 0 | 0 | 4 | 1 | 0 | 66 | 10 | ||||
| 2013 | McLaren | 5 | 5 | 0 | 0 | 5 | 6 | 0 | 0 | 8 | 1 | 0 | 12 | 11* | ||||
| Total | 43 | 42 | 0 | 3 | 32 | 2 | 0 | 0 | 4 | 2 | 0 | 92 |
| グランプリ | サーキット | 開催日 | ||
|---|---|---|---|---|
| デビュー戦 | オーストラリアGP | アルバート・パーク | 2011年3月27日 | レース結果 |
| ラストレース | スペインGP | カタロニア | 2013年5月12日 | レース結果 |
カートを卒業し、母国メキシコの通信事業最大手『Telmex(テルメックス)』の保護の下でスキップ・バーバー・レーシング・スクールに入学した時、セルジオ・ペレスはまだ14歳だった。
テルメックス・マネーの支援を受けながら、ヨーロッパのジュニア・フォーミュラを駆け上がり、フォーミュラBMW、イギリスF3を経て、18歳の若さでGP2に到達。その間勝利はあったものの、総合タイトルには手が届かなかった(イギリスF3のBクラスにあたるナショナルシリーズでは優勝)。
しかしGP2アジア・シリーズで才能が開花。バーレーンのスプリントレースで優勝して、同カテゴリーの史上最年少ウイナーに輝いた。初のヨーロッパGP2シーズンでは2度表彰台に上り、12位でフィニッシュしている。だが、本当にその名が知られるようになったのは、栄誉あるモナコのフィーチャーレースでの勝利を含む4勝を挙げた2010年になってからだ。
2011年は同じGP2卒業生の小林可夢偉のチームメイトとしてF1入りを果たす。テルメックスのバックアップもあってのデビューだったが、ペレスはペイドライバーというレッテルへの抵抗であるかのような力強い走りを見せた。ザウバーは7月に行われたイギリスGPの時点で早くもペレスへの信頼を示し、来季も可夢偉とペレスの不変のタッグで戦いに臨むことを発表している。
ザウバーでの2年目には初年度を超える成功を収め、第2戦マレーシアGPで早くも勝利まであと一步のところまで近づいた。このレースではフェルナンド・アロンソに次ぐ2位に入り、その後もカナダGPでの3位、モンツァではフェラーリの2台を抑えて2位フィニッシュを果たすなど印象的なリザルトが続く。それでも、フェラーリ・ドライバー・アカデミーの一員であるペレスの好結果はルカ・ディ・モンテゼモーロを動かし、フェラーリの2013年のレースシートを得るには十分でなかった。しかしながら、ペレスのパフォーマンスはマクラーレンの目に止まり、メルセデスへ移籍するルイス・ハミルトンの後任として契約を結ぶこととなった。
【長所と短所】
速さがあるのは確かだが、未熟さが残る。隙のない戦いでチャンピオンシップに勝つオールラウンドな力を身につける必要がある。彼がメキシコ出身ではなく、ヨーロッパの出身だったなら、まだジュニア・フォーミュラにいただろう。
【キャリア最高の瞬間】
2010年モナコのフィーチャーレースでの勝利。スタートでリードを奪ったが、セーフティカー後はライバル、パストール・マルドナドの攻撃をしのがねばならなかった。
【キャリア最低の瞬間】
2011年モナコGP予選でQ3に進出しながらも激しいクラッシュを喫したこと。病院で夜を過ごし、同グランプリ決勝および2週間後のカナダGPへの出場を逃した。
【注目のコメント】
「競争。僕は競うのが大好き――毎日でも戦いたいよ。ドライビングだけじゃなく、フィジカル的にもメンタル的にもね」
「僕って実は、コース外ではかなりワイルドなんだ!」
【トリビア】
非常に迷信深いペレスは、レースで必ず複数のラッキーブレスレットを着けている。そのうち1つは祖母からもらったものだという。
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厳しい週末を予想するペレス (2013年5月23日)
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バトンとペレスに満足するマクラーレン (2013年5月22日)
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さらなる前進に期待するバトン (2013年5月19日)
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スリムがマクラーレンの支援を開始 (2013年5月14日)
- ペレスへの無線はチームオーダーにあらず (2013年5月14日)
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2013年5月22日 元チームメイトの可夢偉と談笑するペレス © Sutton Images |
2013年5月12日 ミラーにペレスを捉えたバトン © Getty Images |
2013年5月12日 激しく摩耗したペレスのタイヤ © Sutton Images |
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