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ケビン・マグヌッセン  デンマーク

driver portrait
2016年の世界選手権
# Grand Prix Circuit Date Car Pos Pts Qual FL
1 オーストラリア アルバート・パーク 3月20日 ルノー (RS16) 12 15
2 バーレーン サヒール 4月3日 ルノー (RS16) 11 19
3 中国 上海 4月17日 ルノー (RS16) 17 17
4 ロシア連邦 ソチ 5月1日 ルノー (RS16) 7 6 17
5 スペイン カタロニア 5月15日 ルノー (RS16) 15 15
6 モナコ モナコ 5月29日 ルノー (RS16) - 16
7 カナダ モントリオール 6月12日 ルノー (RS16) 16 22
8 ヨーロッパ バクー 6月19日 ルノー (RS16) 14 22
9 オーストリア シュピールベルク 7月3日 ルノー (RS16) 14 17
10 イギリス シルバーストーン 7月10日 ルノー (RS16) - 16
11 ハンガリー ハンガロリンク 7月24日 ルノー (RS16) 15 19
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
2014 McLaren 19 19 0 1 18 2 0 0 4 0 0 55 11
2015 McLaren 1 1 0 0 0 - 0 0 18 0 0 0 -
2016 Renault 11 11 0 0 9 7 0 0 15 0 0 6 16*
Total 31 31 0 1 27 2 0 0 4 0 0 61
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 オーストラリアGP アルバート・パーク 2014年3月16日 レース結果
ラストレース ハンガリーGP ハンガロリンク 2016年7月24日 レース結果
プロフィール
© Sutton Images

マクラーレンのドライバー育成プログラムの一員だったケビン・マグヌッセンはチーム内の評価がかなり高く、一直線にF1へと進み、2014年にはマクラーレンのレースシートを手に入れるに至った。

元F1ドライバーで4度のル・マンGTクラス王者であるヤンを父に持つマグヌッセンはカートでキャリアをスタートさせた後に母国デンマークでフォーミュラ・フォードに進出。15歳にして同胞のライバルたちをしのぎ、15レース中11勝を記録して同シリーズのタイトルを獲得する傍ら、ヨーロッパ各地で開かれるフォーミュラ・フォードのレースにも参戦した。

次のステップであるフォーミュラ・ルノー2.0ではヨーロッパシリーズとノース・ヨーロピアン・カップ(NEC)の2方面から攻略に乗り出す。NECではレッドブルの若手であるアントニオ・フェリックス・ダ・コスタに次ぐ2位に入っており、そのプロセスに注目したマクラーレンがマグヌッセンとドライバー育成プログラムの契約を交わすに至った。

マグヌッセンが次の一歩を踏み出したのはフォーミュラ3。2戦に参加したヨーロッパシリーズでは1勝、ドイツシリーズでは3勝を上げた。翌年はイギリスF3に転向して7勝し、ブラジル出身のフェリペ・ナッサーに続く選手権2位でシーズンを終えている。

2012年にはフォーミュラ・ルノー3.5に初挑戦、同シリーズがF1への最後の足掛かりとなった。1勝してランキング7位に入った初年度はシーズン末にアブダビでF1の若手ドライバーテストに参加。グランプリ優勝マシンのMP4-27で505kmを走破し、テスト全体の最速タイムを記録した。

同シリーズで1年の経験を積んだマグヌッセンはカーリンからDAMSへ移籍し、5勝をもって2013年のタイトルを悠々と手に入れる。マグヌッセンに最も迫ったのはやはりマクラーレンの若手育成プログラムに所属するストフェル・バンドールンだったが、そのバンドールンでさえシーズン末にはマグヌッセンに60ポイントの差をつけられていた。

もはやマグヌッセンにジュニアフォーミュラで証明すべきことは残されていないと判断したマクラーレンは必死にF1シートを探し始める。マルシャとのレースシートの話し合いは失敗に終わり、ドライバー市場にあふれる才能や資金を見たマクラーレンは自らがマグヌッセンを起用することで、マグヌッセンに対する信頼度を示すことに決めた。結果としてセルジオ・ペレスがたった1年でチームを追われ、代わって21歳のマグヌッセンが2014年のマクラーレンを駆ることになる。

マクラーレンがルーキーを起用したのはルイス・ハミルトン以来のことだが、プレシーズンテストの開始を前にハミルトンが1万kmのマイレージを稼いでいたのに対し、マグヌッセンが2013年末までにF1マシンで走ったのは1,000kmを若干超える程度だ。デビュー戦オーストラリアGPで表彰台に上る夢のようなスタートを切った2014年だが、以降のレースで同様の成果を出すことはできなかった。シーズンを通じて何度か印象的な走りを見せながらも、後半戦では僚友ジェンソン・バトンを打ち破ることができず、翌年のフェルナンド・アロンソのマクラーレン復帰に伴いシートを喪失する。ただ、レギュラーの座ではないものの、マグヌッセンはリザーブドライバーとしてマクラーレンに残留することになった。

2015年のプレシーズンテストでレギュラーのアロンソがクラッシュし、医師から開幕戦を回避するよう指導されたため、シートを失ったばかりのマグヌッセンにお鉢が回ってきた。しかし、決勝前にホンダエンジンから白煙が上がり、結局、レースでは走れないままに終わっている。10月にはマグヌッセンが活躍できる場を見つけられなかったマクラーレンから放出を言い渡されるも、F1残留をあきらめなかったマグヌッセンはロータスを買収したルノーにチャンスを見いだした。ルノーによる買収前に契約を結んでいたパストール・マルドナドとチームの交渉が行き詰まったため、マグヌッセンがマルドナドの後釜として2016年のルノーのシートを手にし、再びF1で活躍するチャンスを得ている。

【長所と短所】

年齢にそぐわぬ成熟ぶりを見せるマグヌッセンが速いドライバーであることに疑いはない。デビューシーズンには持ち前のファイティングスピリットに多くの称賛が寄せられた。しかし、一流のドライバーになるには、まだ才能に磨きを掛ける必要がある。

【キャリア最高の瞬間】

デビューレースである2014年開幕戦オーストラリアGPで記憶に残る表彰台フィニッシュを遂げたこと。

【キャリア最低の瞬間】

2016年に先だってマクラーレンとのテストドライバー契約を終了されたこと。しかも、誕生日に、たった1通のメールで・・・。

【注目のコメント】

「準備はできている。これまでドライブしてきたものすべてで勝っているし、それがF1でストップする理由なんてあるかい?」

初のF1テストにて、サム・マイケル(マクラーレンスポーティンディレクター)

「彼のパフォーマンスを見るに、とてもではないが今週まで近代のF1マシンをドライブしたことがないやつには見えなかった!」

【トリビア】

ケビンという名前のドライバーがF1レースをスタートするのはマグヌッセンが初めてのことになるだろう。1980年と1981年にアメリカのケビン・コーガンが2レースに参加するも、予選を通過できなかった。

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2016年7月29日

ソフトタイヤのプログラムに集中するマグヌッセン

2016年7月28日

徒歩でコースを下見するマグヌッセン

2016年7月24日

マッサの前を走るマグヌッセン

     

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