マックス・チルトン  イギリス

driver portrait
2014年の世界選手権
# Grand Prix Circuit Date Car Pos Pts Qual FL
1 オーストラリア アルバート・パーク 3月16日 マルシャ (MR03) 13 17
2 マレーシア セパン 3月30日 マルシャ (MR03) 15 20
3 バーレーン サヒール 4月6日 マルシャ (MR03) 13 21
4 中国 上海 4月20日 マルシャ (MR03) 19 21
5 スペイン カタロニア 5月11日 マルシャ (MR03) 19 17
6 モナコ モナコ 5月25日 マルシャ (MR03) 14 19
7 カナダ モントリオール 6月8日 マルシャ (MR03) - 18
8 オーストリア シュピールベルク 6月22日 マルシャ (MR03) 17 21
9 イギリス シルバーストーン 7月6日 マルシャ (MR03) 16 17
10 ドイツ ホッケンハイム 7月20日 マルシャ (MR03) 17 21
11 ハンガリー ハンガロリンク 7月27日 マルシャ (MR03) 16 18
12 ベルギー スパ 8月24日 マルシャ (MR03) 16 19
13 イタリア モンツァ 9月7日 マルシャ (MR03) - 20
14 シンガポール シンガポール 9月21日 マルシャ (MR03) 17 21
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
2013 Marussia 19 19 0 0 19 14 0 0 16 0 0 0 -
2014 Marussia 14 14 0 0 12 13 0 0 17 0 0 0 -
Total 33 33 0 0 31 13 0 0 16 0 0 0
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 オーストラリアGP アルバート・パーク 2013年3月17日 レース結果
ラストレース シンガポールGP シンガポール 2014年9月21日 レース結果
プロフィール
© Sutton Images

カーリンのオーナーである父と世界ツーリングカー選手権に参戦する兄を持つチルトンはモータースポーツでのキャリアを追い求めることに終始してきた。10歳からカートのレースで戦い、14歳にして次のステップであるイギリスTカー選手権に進むと、2006年には7勝を挙げてランキング2位の結果を残す。

16歳でイギリスF3に活躍の舞台を移し、3年目に5回の表彰台と最終戦ブランズハッチでの優勝を決めてランキング4位に。2010年、19歳の若さでGP2にステップアップすると、参戦初年度はオーシャン・レーシング・テクノロジーで3ポイント、カーリンに移籍した次年度は4ポイントの獲得にとどまったものの、チーム在籍2年目には2勝と4回の表彰台で選手権4位に入っている。

2011年にフォース・インディアのテストに参加したチルトンは、2012年にもカーリンとマルシャのつながりから恩恵を受けてシルバーストーンで実施された若手ドライバーテストに加わった。ここでチームへの印象付けに成功したチルトンは、シンガポールでのGP2シーズン閉幕後にマルシャのリザーブドライバーに指名される。アブダビGP金曜フリー走行1回目でF1公式セッションのデビューを飾った。この年にマルシャドライバーだったシャルル・ピックがケータハムへ移籍するのを受け、父グレアムが副会長を務める『Aon(エーオン)』のサポートと共に2013年はマルシャのレースドライバーに昇格している。

チームメイトのジュール・ビアンキが好スタートを切ったために苦境に立たされたチルトンだが、安定した走りで完走を続けていく。モナコGPではパストール・マルドナドとの接触に僚友ビアンキをも巻き込んだものの、チルトンはこのときも運を味方につけてチェッカーフラッグを受けた。シーズンが進むにつれてビアンキとの差は縮まり、2014年には不変のラインアップを形成する一人としてマルシャでレースを続ける。

【長所と短所】

2012年のGP2で4位に入ってその力を証明したものの、カートを含めた各カテゴリーでタイトル獲りの経験はない。一つには父の財政的支援を得てレース界の階層を駆け上がってきたせいでもあるが、F1で進歩を続けるためにはマルシャで才能を示す必要があるだろう。

【キャリア最高の瞬間】

2012年に初開催されたGP2シンガポールGPで優勝したこと。この勝利が周囲の批判をだまらせ、マルシャが2013年にチルトンと契約を結ぶ理由を追加した。

【キャリア最低の瞬間】

新しいレースカーでのテスト初日にクラッシュし、理想的とは言えないF1キャリアのスタートとなったこと。ただし、原因はサスペンションのトラブルであって、ドライバーのミスではない。

【注目のコメント】

F1シート獲得のための資金調達について。
「父には"可能な限り高いところへ行かせてやるが、F1は無理だ"といつも言われていた。僕は父ならもっとできたはずだと確信しているけれど、彼はそれを望んでいない。彼はなんとか2つのスポンサーを見つけてくれた」

「自分自身で覚悟を決めてからじゃなきゃF1にはステップアップできない。僕はこの2年で本当に自信が高まったし、自分にスピードがあることを示したと思っている」

【トリビア】

チルトンの兄トムは父のビジネスが支援するチームで世界ツーリングカー選手権に参戦している。

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2014年9月7日

グラベルにはまったチルトンのマルシャマシン

2014年8月22日

ピットウオールでセッションを見守るチルトン

2014年7月25日

白煙の上がるチルトンのマシン

     

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