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ジュール・ビアンキ  フランス

driver portrait
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
2013 Manor Marussia 19 19 0 0 16 13 0 0 15 0 0 0 -
2014 Manor Marussia 15 15 0 0 12 9 0 0 12 0 0 2 17
Total 34 34 0 0 28 9 0 0 12 0 0 2
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 オーストラリアGP アルバート・パーク 2013年3月17日 レース結果
ラストレース 日本GP 鈴鹿 2014年10月5日 レース結果
プロフィール
© Sutton Images

19レースを戦って一度の表彰台を経験し、ル・マンの1968年ウイナーでもあるルシアン・ビアンキの甥、ジュール・ビアンキが初めてカートに乗ったのは3歳のときで、5歳にしてレース活動を始めている。2003年にマラネロ・カーティングと契約し、その4年後にシングルシーターでのデビューを果たした。最初に参戦したフォーミュラ・ルノー2.0でビアンキはフランス王者に輝いている。

ニコラス・トッドのマネジメントを受けて2008年はF3ユーロシリーズに参戦、ランキング3位となる。翌年には9勝を挙げて同シリーズのタイトルを獲得。この成功によってフェラーリからテストの機会を与えられ、また、フェラーリ・ドライバー・アカデミーが契約を結んだ最初のドライバーという栄誉に預かった。順当にGP2へと進み、2010年は52ポイントを獲得して3位、翌年はそれより1ポイント多く稼いだのみだったが、2012年を前にフォース・インディアのリザーブドライバーに指名されている。

チームに印象づけたビアンキは発表を待ちつつ長い冬を過ごすも、最終バルセロナテストでフォース・インディアが指名したのはエイドリアン・スーティルだった。ところが、そのわずか24時間後には資金問題に見舞われたルイス・ラジアに代わり、マルシャのレースシートをつかみとっている。

ビアンキはデビューシーズンに成功を収め、特に序盤のパフォーマンスが周囲の目を引いた。10月初めには翌年もマルシャドライバーを務めることが発表され、ビアンキは飛躍のキャリア2年目年を迎える。

ライバルたちよりも劣るマルシャマシンを駆りながらも2014年モナコGPでチームに創設以来のポイントをプレゼントしたビアンキは、将来のフェラーリドライバー足るだけの実力をはっきりと示した。さらに、同年には予選Q2に3度進出している。シーズン半ばにはフェラーリのテストを担当し、翌シーズンにはザウバーのシートを得るものと思われた。

しかしながら、雨の中で行われた日本GPでビアンキを悲劇が襲う。アクアプレーニング現象によってコースオフし、マシン回収車に衝突したビアンキは頭部に重傷を負い、三重県四日市市の病院に緊急搬送された。三重県で手術と治療が行われた後、自発呼吸とバイタルサインの安定を待って母国フランス・ニースの病院に転院。ビアンキの容体は引き継き重篤な状態ながらも、治療は脳機能の改善を目指す新たな段階に入っている。

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