ロマン・グロージャン  フランス

  • 氏名 ロマン・グロージャン
  • 生年月日 1986年4月17日
  • 出身地 スイス・ジュネーブ
  • 年齢 27歳33日
  • 身長 1.8 m
  • 体重 71 kg
  • 現所属チーム ロータス
  • 過去の在籍チーム ルノー
driver portrait
2013年の世界選手権
# Grand Prix Circuit Date Car Pos Pts Qual FL
1 オーストラリア アルバート・パーク 3月17日 ロータス (E21) 10 1 8
2 マレーシア セパン 3月24日 ロータス (E21) 6 8 11
3 中国 上海 4月14日 ロータス (E21) 9 2 6
4 バーレーン サヒール 4月21日 ロータス (E21) 3 15 11
5 スペイン カタロニア 5月12日 ロータス (E21) - 6
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
2009 Renault 7 7 0 0 5 13 0 0 12 0 0 0 -
2012 Lotus 19 19 0 3 12 2 0 1 2 1 0 96 8
2013 Lotus 5 5 0 1 4 3 0 0 6 0 0 26 7*
Total 31 31 0 4 21 2 0 1 2 1 0 122
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 ヨーロッパGP バレンシア 2009年8月23日 レース結果
ラストレース スペインGP カタロニア 2013年5月12日 レース結果
プロフィール
© Sutton Images

スイスとフランスの二重国籍を持つロマン・グロージャンは、モータースポーツのキャリアを比較的遅い14歳でスタートさせた。

カートから始めたグロージャンは順当にステップアップし、2006年にはF3ユーロシリーズに参戦、翌年には同選手権を制している。

2008年シーズンに向けて、グロージャンはGP2シリーズに昇格。GP2アジアシリーズでタイトルを獲得したグロージャンだったが、メインシリーズでは大成功とはいかず。

GP2に加えて、レースドライバーに昇格したネルソン・ピケJr.の後を継ぎ、ルノーF1チームのテストドライバーに就任したグロージャン。ARTグランプリから参戦し、ペースを発揮して勝利を手にすることもあったものの、些細なミスを犯したことが選手権4位という結果につながった。

ルノーの恩恵を受け、2009年もGP2に参戦しつつルノーのテストドライバーを務めていたグロージャンだが、2009年8月のヨーロッパGPにてピケJr.と交代する形でグランプリデビューを果たす。デビュー戦で15位に入ったグロージャンのシーズンベストリザルトはブラジルGPでの13位だった。また、デビューから4戦目のシンガポールGPでは、かつてのチームメイトであるピケJr.が意図的に事故を起こしたコーナーでフリー走行中にクラッシュ。ピケJr.の一件が"クラッシュゲート"として議論を巻き起こしたわずか数週間後のことだった。

困難な状況にあったルノーは2010年にオーナー、マネジメント陣、ドライバーらを一新して心機一転を図る。チームから放出されたグロージャンはFIA GT1選手権に新天地を求め、コドライバーのトマス・ムッチとともにフォードGTをドライブしてシーズン序盤に2勝を挙げる活躍を見せた。

グロージャンはその後シーズン半ばにしてシングルシーターの世界に戻り、Auto GP(かつてのユーロ3000選手権)に参戦。全シリーズの3分の2しか戦っていないにもかかわらずチャンピオンシップを勝ち取る。また、DAMSの一員として再びGP2にも参加し、4レースの中で2回の表彰台フィニッシュを果たしている。

翌2011年、グロージャンはDAMSからフルタイムのGP2ドライバーのオファーを受けるとともにルノーから"サードドライバー"の一人に指名される。3戦を残した状態でGP2王者に輝いたグロージャンは、続いてアブダビGPとブラジルGPの金曜フリー走行でルノーマシンをドライブした。これらの働きにより、グロージャンは2012年にキミ・ライコネンのチームメイトの座を射止め、自身2度目となるF1のチャンスをつかんでいる。

フル参戦した2012年シーズンは3度の表彰台フィニッシュという華々しい記録を築くも、繰り返すオープニングラップのインシデントが水を差していた。最悪だったのはスパ・フランコルシャンで、フェルナンド・アロンソとルイス・ハミルトンに加えてザウバーの2台をも1度のクラッシュでリタイアさせてしまったこと。このクラッシュは非常に深刻な事態につながる可能性もあった。スチュワードから次のイタリアGPの出走停止処分を科されたグロージャンは、トラブルを避けなければならないとのプレッシャーにさらされながら以降のレースを戦っている。

それにもかかわらず、ロータスはグロージャンへの信頼を貫き、2013年も同チームから参戦することが決まった。

【長所と短所】

新進のF1チャンピオンらのほとんどが5歳前後でカートのキャリアを開始する中、グロージャンは父から学校で成績が上がるまでキャリアのスタートを禁じられていた。その一方で冷静さにおいてはまだまだといったところ。デビュー戦のオープニングラップではフェラーリのルカ・バドエルと接触し、1週間後のベルギーGPでもジェンソン・バトンと衝突して2人ともリタイアに終わっている。

【キャリア最高の瞬間】

強力なGP2シーズンを送っていた2009年、8月にピケJr.の後任に指名されるまでライバルのニコ・ヒュルケンベルグとタイトル争いを演じていたこと。

【キャリア最低の瞬間】

2012年ベルギーGPで重大な事故を引き起こし、続くイタリアGPで出走停止処分を科されたこと。

【注目のコメント】

ロマン・グロージャン

「F1ドライバーになることはいつだって僕の夢だったし、マシンに乗り込むたびに今でも特別な感じがする」

ボブ・ベル

「彼にはまだ特に良いマシンを与えられていないし、若いドライバーがここへやって来るのはハードなことだ。したがって彼のF1デビューは楽ではないが、だからといって彼の豊かな才能が否定されるものではなく、われわれは将来その才能が花開くのを見るだろうと確信している」

【トリビア】

F1ドライバーという華麗な人生を楽しみつつも、グロージャンはジュネーブの銀行でパートタイムの仕事をしてきた。

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