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  • トレバー・テイラー 1936-2010

元ロータスドライバーのトレバー・テイラーが永眠

Jim
2010年9月30日 « シューマッハの完全復活を信じるブラウン | スパイゲート首謀者に判決 »
1962年オランダGPで2位表彰台に上ったトレバー・テイラー © Sutton Images
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かつてロータスに所属した元F1ドライバーのトレバー・テイラーが癌のため亡くなった。享年73。

F1では29戦に出走し、1962年オランダGPではロータスを駆って唯一の表彰台を記録した。黄色いヘルメットを愛用していたテイラーは、1963年に開催されたインディアナポリス500のオフィシャルが緑の単色だったマシンに反対したことを受けて、チーム・ロータスのレーシングマシン中央に黄色のストライプを入れることを発案した人物として知られている。

英ロザラムでガレージを営む主人の息子として生まれたテイラーはF3で名を上げ、1958年にチャンピオンシップを制覇すると1959年にはF2に昇格。1960年はフォーミュラ・ジュニアのタイトルを手にすると共にチーム・ロータスでもレース活動に励む。連覇を果たした1961年はイネス・アイルランドが負傷したため、ジム・クラークの隣でF1デビューするチャンスを得た。

その年の終わり、クラークと共に非選手権の4レースが開催される南アフリカに向かったテイラーは1戦目で2位、2戦目はクラッシュ、3戦目にリタイアを喫した後、最後のレースで優勝を飾る。残念ながら、事故に絡むことが多く、そのことが彼のキャリアに影を落としている。

オランダGPで2位表彰台に上って1962年シーズンを好発進させるも、それ以外はあまり目立った戦績は残せていない。スパでは大クラッシュを喫して生還している。非選手権のレースではポテンシャルを発揮してメキシコGPと南アフリカGPで表彰台の頂点に上った。

1963年シーズンはモナコで6位入賞を果たしたが、世界タイトルを獲得したチームメイトのクラークには及ばず。

ロータスがテイラーに代えてピーター・アランデルを起用した1964年はブリティッシュ・レーシングに移籍したものの、彼が乗り込んだのはパフォーマンスの劣るマシン。シーズン唯一のポイントは最下位の6位でゴールしたアメリカGPで手にしている。また、この年にはオーロラ・ギア・レーシングという自チームを率いてツーリングカーに参戦した。1965年はF1でのドライブはなく、F2でブラバムのステアリングを握っている。

1966年にはイギリスGPに参戦したが、その頃までにはツーリングカーに熱中するようになっており、これがF1での最後のレースとなった。翌年はローラT70でツーリスト・トロフィーを制し、フォーミュラ5000のリーディングドライバーとして活躍した後、1972年に引退している。

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