- サーキットタイプ Race
- コース全長 5.807kms
- コーナー数 17
- 観客収容人数 100,000
- 設立年 1962
- サーキットデザイナー John Hugenholtz
| レース | 開催日 | 優勝 | ||
|---|---|---|---|---|
| 初開催 | 日本GP | 1987年11月1日 | ゲルハルト・ベルガー (AUT) | レース結果 |
| ラストレース | 日本GP | 2019年10月13日 | バルテリ・ボッタス (FIN) | レース結果 |
| グランプリ開催数 | 31 | |||
F1ではユニークという言葉が多用されるが、鈴鹿に関してはまさにぴったりの言葉だろう。大きな8の字を描いたようなサーキットの中には低速・中速・高速とバラエティーに富んだコーナーがレイアウトされており、高度なドライビングテクニックが求められる。
F1カレンダーの中でも数少ないチャレンジングなコーナーとして評価が高い。鈴鹿は左右のカーブ数がほとんど同じだけレイアウトしてあり、世界でも珍しい立体交差が特徴だ。また地平線にそびえる観覧車も人目を引く。
1962年に本田技研工業がテストコースとして建設、オランダのジョン・フーゲンホルツが設計を手がけた。フォーミュラの下部カテゴリーのレースを主催した後、鈴鹿は1987年より日本GPの開催地に就任。その後、トヨタ所有の富士スピードウェイが開催地となり、いったんは鈴鹿の日本GPの歴史に幕が閉じられたが、2009年にF1カレンダー復帰を果たした。さらに、富士スピードウェイのグランプリ開催撤退を受けて2011年までの開催契約をかわして以降は、契約を更新し続けている。
高速かつテクニカルなコースとして名高い鈴鹿はドライバーにもファンにも人気がある。F1レース開催に向けた改修工事を施し、2009年4月12日にリニューアルオープンした。
秋口の開催であるため、台風や大雨に見舞われることも多い鈴鹿。雨の中、セーフティカーの先導でスタートした2014年日本GPでは、終盤にマルシャのジュール・ビアンキがコース外に飛び出し、他車の撤去作業中だった重機に衝突して頭部に大怪我を負うという事故が発生した。容体が落ち着くのを待って故郷フランス・ニースの病院に移ったビアンキは、2015年7月に息を引き取った。翌年の日本GPでは鈴鹿にビアンキへの献花台が設けられ、多くのファンが将来を嘱望(しょくぼう)された若きドライバーに祈りを捧げている。
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