HRT F1

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  • 2011年チームレビュー

チーム体制変更に将来を懸けるHRT

Kay Tanaka
2011年12月24日 « 独自開発スタイルを断念したヴァージン | 新車に興奮するベッテル »
将来の成功を目指してチーム改革に力を入れるHRT © Sutton Images
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2年連続でコンストラクターズ選手権11位を手にしたHRTだが、マシンパフォーマンスの面では終始苦しい1年を過ごしている。

F1デビューした2010年は一度もプレシーズンテストに参加できなかったものの、厳しい状況に直面したとはいえ2011年は開幕前のテストに加わることができたHRT。ドライバーは一新され、実力で選ばれたビタントニオ・リウッツィとインドマネーの支援を受けたナレイン・カーティケヤンがコックピットに座った。

しかしながら、最低限の走り込みをこなして挑んだ初戦は予選Q1で107%ルールの条件をクリアできずに予選不通過となり、決勝レース出走の許可を得られなかった。同様の状況が続く可能性も予想されたが、マレーシアGPでは何とか基準よりも速いタイムを記録。レースはダブルリタイアに終わるも、中国GPでは2台そろって完走を果たしている。シーズンのハイライトは天候変化により一時中断があったカナダGP。リウッツィが13位でゴールし、この結果によりヴァージンを抑えてコンストラクターズ選手権11位の座を得ることができたのだ。

それでも、チーム運営は相変わらず厳しく、スポンサーフィーが滞ったためカーティケヤンはイギリスGPからレースシートを奪われてしまう。代わりにレースドライバーに就任したのは、それまでトロ・ロッソのリザーブドライバーを務めていたダニエル・リカルドだ。レッドブル側から資金が提供されたことは間違いないが、11レースにエントリーして8レースで完走している。カーティケヤンは初開催の母国レース、インドGPでリウッツィに代わってレースに参戦、最後まで走りきった。

シーズン後半にはチームの株式がスペインの投資会社に売却され、オーナーが変わる。チーム改革の一環としてシーズン終了後にはチーム代表がコリン・コレスからルイス・ペレス・サラに代わった。またテクニカルディレクターを務めていたジェフ・ウィリスがメルセデスに移籍したことでジャッキー・エッケラートがマシン開発の指揮を執ることに。

そして2012年のレースドライバーとしてペドロ・デ・ラ・ロサと契約を結び、スペイン色をさらに濃くしている。いまだ不明なチームメイトに関しては、同じくスペイン出身でトロ・ロッソのレースシートを失ったハイメ・アルグエルスアリの名前が挙がっているものの、資金持ち込みが可能なドライバーにチャンスがめぐってくる可能性が高い。トップチームでの経験が豊富なデ・ラ・ロサのインプットは大きな影響があるだろうが、2012年も厳しい戦いは続くだろう。

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