ドイツは1907年からモーターレースイベントを開催してきた歴史を持つ。しかし、第2次世界大戦以降は国際イベントの開催を禁じられていた。世界選手権に返り咲いたのはニュルブルクリンクでレースが行われた1951年のことだった。

ファン・マヌエル・ファンジオの引退後は人気、観客動員共に衰退。レースへの関心を高めようと、1959年に高速サーキットのAVUS(アヴス)に移転するが、アクシデントが多発したため、二度とそこでF1が開催されることはなかった。

1960年のレースは翌年から採用が予想されていたF2ルールの下で実施されたため、世界選手権にはカウントされていない。ニュルブルクリンクでの開催は1961年から1976年まで続いた。唯一の例外は1970年で、ドライバーたちの間から、ニュルブルクリンクには新たな安全対策が必要だとする声が上がり、その改修が間に合わなかったことからホッケンハイムに移動して行われている。1976年までニュルブルクリンクがイベントを主催するが、再び安全性が疑問視され始め、ニキ・ラウダが瀕死(ひんし)の重傷を負った恐ろしい事故でその考えは決定的なものとなった。

1977年はホッケンハイムに移り、1985年のニュルブルクリンクを除いて、2007年まで連続開催が続く。2007年、2つのサーキット間で交互開催する合意が結ばれたが、名称権を巡って対立が起きたため、その年ドイツで行われたレースはヨーロッパGPと呼ばれている。その後は予定通り、2008年はホッケンハイム、2009年はニュルブルクリンクでドイツGPが実施された。

しかし、ホッケンハイムは損失に頭を悩ませており、オーナーのバーデン-ヴュルテンベルク州が撤退を表明、レース継続に疑問符がつく。しかしその後、FOAが"ビジネスリスクとチャンス"を共有するという条件で、継続が保証されることになった。