ポール・ディ・レスタ  イギリス

  • 氏名 ポール・ディ・レスタ
  • 生年月日 1986年4月16日
  • 出身地 イギリス・ウェストロージアン州アップホール
  • 年齢 28歳188日
  • 身長 1.85 m
  • 体重 74 kg
  • チーム フォース・インディア
driver portrait
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
2011 Force India 19 19 0 0 18 6 0 0 6 0 0 27 13
2012 Force India 20 20 0 0 19 4 0 0 6 0 0 46 14
2013 Force India 19 19 0 0 14 4 0 0 5 0 0 48 12
Total 58 58 0 0 51 4 0 0 5 0 0 121
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 オーストラリアGP アルバート・パーク 2011年3月27日 レース結果
ラストレース ブラジルGP インテルラゴス 2013年11月24日 レース結果
プロフィール
© Sutton Images

これまで幾度もF1にふさわしいことを証明するも、スポンサー不足を主な理由として、なかなか最高峰には到達できずにいたポール・ディ・レスタだが、ついに念願だったF1のレースシートを手に入れた。

8歳からスコットランドでカートを初め、頭角を現した彼は、いとこであり2度のインディカーチャンピオンに輝いたダリオ・フランキッティと同じ道を歩き始めた。16歳でフォーミュラ・ルノーUKにステップアップすると、初の選手権フル参戦を果たした2003年にレース初優勝。2年目のシーズンも勝利を重ね、2005年にF3ユーロシリーズでシートを得ると、ルイス・ハミルトン、エイドリアン・スーティル、セバスチャン・ベッテルらと競い合う。ルーキーイヤーは10位という結果だったが、ハミルトンが前年に所属したチャンピオンチームに移籍した2006年は、未来のF1のライバルとなるベッテル、小林可夢偉、中嶋一貴、セバスチャン・ブエミ、ロマン・グロージャンらを従えて堂々のタイトルを獲得。ハミルトンらと同様、F1昇格を果たす資格は十分だったにもかかわらず、彼のキャリアは違う方向へそれていってしまう。

GP2でのシート獲得に必要なスポンサーシップをまとめられなかったディ・レスタは、メルセデスが示したドイツ・ツーリングカー選手権(DTM)のオファーを受ける。2年落ちのマシンに乗りながらもすぐに速さを示した彼は総合ランキングを5位で終えている。2008年は最新のCクラスを与えられて2勝し、王座を獲得したアウディのベテラン、ティモ・シャイダーに4ポイント差まで詰め寄った。このパフォーマンスを認められたディ・レスタは、シルバーストーンで4日間、マクラーレンのテストに参加する機会を与えられた。

マクラーレンに好印象を与えることは成功したものの、F1シートに空きはなく、2009年もDTMに舞い戻るしかなかったディ・レスタ。この年はメルセデスのチームメイト、ゲイリー・パフェットに次ぐ3位に終わったが、ディ・レスタは次第にF1で永続的なポジションを得たいとの思いを募らせていく。メルセデスとのつながりで冬の間にフォース・インディアからテストの機会を与えられ、堅実なパフォーマンスをみせた彼は、チームとリザーブドライバー契約を締結。レース週末はたびたび金曜日のテストを担当しながら、DTMでも戦い続けた。2つのカテゴリーに籍を置いてのシーズンだったにもかかわらず、DTMのタイトルを勝ち取っている。

金曜フリー走行で大きな見出しを飾ることはなかったものの、チームに印象を与えた結果、2011年のレースシートを確保するのではないかとのうわさがささやかれ続けた。数カ月後、ビタントニオ・リウッツィがチームを離れ、ディ・レスタがその後任に就くことが発表される。プレシーズンテストでは新たに採用されたピレリタイヤや新車に慣れつつ、マシン開発に貢献した。

その後、オーストラリアでシーズンが開幕すると、ディ・レスタはデビュー戦で早くもポイントを獲得。マシンペースは中団のライバルたちに劣っていたものの、改善とともにディ・レスタは力を発揮し、開幕戦に加えてさらに7回のポイントフィニッシュを達成した。中でもシンガポールGPでは6位入賞を果たしている。

フォース・インディアでの2年目も同様に堅実なシーズンを過ごし、ベストリザルトはこの年もシンガポールで、表彰台まであと一步の4位に入った。しかしながら、シーズン終盤を迎える頃にはチームメイトのニコ・ヒュルケンベルグに押され気味になる。また、ディ・レスタとヒュルケンベルグの両名がルイス・ハミルトンの後任として2013年のマクラーレンドライバー候補と目されていたものの、その地位を手にしたのはザウバーのセルジオ・ペレス。ディ・レスタは2013年シーズンもフォース・インディアと共に戦った。

【長所と短所】

非常に速いドライバーなのは明らかであり、また過去3シーズンのレースでリタイアは4回のみ。同世代のベッテルやハミルトン、ブエミらと同じレベルのスポンサーが付いていれば、もっと早くにF1入りできたはずだ。

【キャリア最高の瞬間】

2006年のF3ユーロシリーズ・タイトル獲得。このタイトルがそのままF1への道筋を切り開くはずだった。

【キャリア最低の瞬間】

3年連続でDTM残留しか道がなかった2009年。この頃、下位カテゴリーで彼が倒したドライバーたちは、すでにF1でレースに勝ち始めていた。

【注目のコメント】

フォース・インディアとのリザーブドライバー契約が決まって。

「もしも、レースシートを手にするチャンスが訪れた時、いつでも出られるように万全の態勢を整えておくためにも、これが最適なプログラムだと思う。フォース・インディアとの末永い未来の始まりであることを願っているよ」

【トリビア】

レーシングキャリアとはまた別に、ディ・レスタには家族の経営するレジャー会社の取締役という顔がある。会社はウェスト・ロジアンにいくつかの施設を所有しており、地元で人気のナイトクラブ、『Twig(ツイッグ)』もそのひとつ。

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