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セルジオ・ペレス  メキシコ

driver portrait
2016年の世界選手権
# Grand Prix Circuit Date Car Pos Pts Qual FL
1 オーストラリア アルバート・パーク 3月20日 フォース・インディア (VJM09) 13 9
2 バーレーン サヒール 4月3日 フォース・インディア (VJM09) 16 18
3 中国 上海 4月17日 フォース・インディア (VJM09) 11 7
4 ロシア連邦 ソチ 5月1日 フォース・インディア (VJM09) 9 2 6
5 スペイン カタロニア 5月15日 フォース・インディア (VJM09) 7 6 9
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
2011 Sauber 18 17 0 0 13 7 0 0 9 0 0 14 16
2012 Sauber 20 20 0 3 14 2 0 0 4 1 0 66 10
2013 McLaren 19 19 0 0 18 5 0 0 7 1 0 49 11
2014 Force India 19 19 0 1 15 3 0 0 4 1 0 59 10
2015 Force India 19 19 0 1 18 3 0 0 4 0 0 78 9
2016 Force India 5 5 0 0 5 7 0 0 6 0 0 8 13*
Total 100 99 0 5 83 2 0 0 4 3 0 274
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 オーストラリアGP アルバート・パーク 2011年3月27日 レース結果
ラストレース スペインGP カタロニア 2016年5月15日 レース結果
プロフィール
© Force India

カートを卒業し、母国メキシコの通信事業最大手『Telmex(テルメックス)』の保護の下でスキップ・バーバー・レーシング・スクールに入学した時、セルジオ・ペレスはまだ14歳だった。

テルメックス・マネーの支援を受けながら、ヨーロッパのジュニア・フォーミュラを駆け上がり、フォーミュラBMW、イギリスF3を経て、18歳の若さでGP2に到達。その間勝利はあったものの、総合タイトルには手が届かなかった(イギリスF3のBクラスにあたるナショナルシリーズでは優勝)。

しかしGP2アジア・シリーズで才能が開花。バーレーンのスプリントレースで優勝して、同カテゴリーの史上最年少ウイナーに輝いた。初のヨーロッパGP2シーズンでは2度表彰台に上り、12位でフィニッシュしている。だが、本当にその名が知られるようになったのは、栄誉あるモナコのフィーチャーレースでの勝利を含む4勝を挙げた2010年になってからだ。

2011年は同じGP2卒業生の小林可夢偉のチームメイトとしてF1入りを果たす。テルメックスのバックアップもあってのデビューだったが、ペレスはペイドライバーというレッテルへの抵抗であるかのような力強い走りを見せた。ザウバーは7月に行われたイギリスGPの時点で早くもペレスへの信頼を示し、来季も可夢偉とペレスの不変のタッグで戦いに臨むことを発表している。

ザウバーでの2年目には初年度を超える成功を収め、第2戦マレーシアGPで早くも勝利まであと一步のところまで近づいた。このレースではフェルナンド・アロンソに次ぐ2位に入り、その後もカナダGPでの3位、モンツァではフェラーリの2台を抑えて2位フィニッシュを果たすなど印象的なリザルトが続く。当時ペレスはフェラーリ・ドライバー・アカデミーの一員だったが、さすがにフェラーリの2013年のレースシートを与えられるほど、ルカ・ディ・モンテゼモーロの心を動かすことはできなかった。しかしながら、ペレスのパフォーマンスはマクラーレンの目に止まり、メルセデスへ移籍するルイス・ハミルトンの後任として契約を結ぶこととなった。

しかし、失敗作に終わったマシンで2013年にリザルトを残すことに苦心したペレスはわずか1年でチームから放出されてしまう。だが、その後間もなくしてフォース・インディアがニコ・ヒュルケンベルグの相棒としてペレスと契約したことを明らかにした。2014年バーレーンGPではチームにとって2回目にあたる記念的な表彰台フィニッシュを遂げるも、シーズンを通して一貫性を欠き、ヒュルケンベルグに37ポイントの差をつけられた。

ヒュルケンベルグとのコンビを継続した2015年はマシン開発の遅れも影響して序盤はぱっとしない成績だったものの、シルバーストーンでBスペックが投入されてからは活躍を見せ始め、9月中旬には翌年のチーム残留も決まった。リザルト面でのベストレースは強い走りで3位表彰台に上った第15戦ロシアGPだが、ペレスにとってそれ以上に特別なのはF1キャリア初の母国グランプリに参加したこと。23年ぶりにカレンダーに復帰し、第17戦に組み込まれたメキシコGPにおけるペレスの順位自体は8位とまずまずながらも、サーキットでは週末を通してペレスの愛称である"チェコ"コールが鳴り止まなかった。シーズン後半の健闘でチームメイトに20ポイント差をつけて前年度の雪辱を果たしたペレスは、2016年もヒュルケンベルグとしのぎを削りながらチームの前進に力を注ぐ。

【長所と短所】

速さがあるのは確かだが、未熟さが残る。隙のない戦いでチャンピオンシップに勝つオールラウンドな力を身につける必要がある。

【キャリア最高の瞬間】

初表彰台を獲得した2012年マレーシアGPでは勝利さえも間近のところに見えていた。このときのパドックでの評価が2013年のマクラーレンのシート獲得につながっている。

【キャリア最低の瞬間】

夢の仕事をつかんでたった1年でマクラーレンを追われたこと。

【注目のコメント】

「競争。僕は競うのが大好き――毎日でも戦いたいよ。ドライビングだけじゃなく、フィジカル的にもメンタル的にもね」

「僕って実は、コース外ではかなりワイルドなんだ!」

【トリビア】

非常に迷信深いペレスは、レースで必ず複数のラッキーブレスレットを着けている。そのうち1つは祖母からもらったものだという。

ノート

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