Ferrari

/ News

  • ルーベンス・バリチェロ

フェラーリ時代の一幕を振り返るバリチェロ

Me
2015年3月20日 « ボッタス、リハビリは順調と報告 | F1が公式インスタグラムアカウントを取得 »
2002年のこのレースでは、表彰台で大ブーイングが巻き起こった © Getty Images
拡大

フェラーリ時代のチームメイトだったミハエル・シューマッハは、実質的には6度のワールドチャンピオンだとルーベンス・バリチェロが語った。

2人は2000年から2005年にかけてコンビを組み、この間シューマッハは5年連続でドライバーズタイトルを獲得した。

しかし、当時のチーム代表だったジャン・トッドはシューマッハが"ナンバーワンドライバー"とのポリシーを貫いており、彼の発するチームオーダーは何度か大きな論争を巻き起こした。

今は母国ブラジルのストックカーシリーズで走っているバリチェロは言う。「シューマッハの7つのタイトのうち、1つは僕のものでもおかしくなかった」

その最も顕著な例が2002年のオーストリアGPだという。バリチェロは自力でレースをリードしていたが、シューマッハにポジションを譲るよう命じられた。

「僕は譲るつもりなんてなかった」とバリチェロは放送局『Bandeirantes(バンデランテス)』に語った。「でも、フェラーリからのある言葉で考えさせられたんだ」

「それで、スロットルを緩めた」と42歳のドライバーは振り返った。

いまだにバリチェロが持つ322戦のグランプリ最多出走記録は破られていない。しかし、母国ブラジルで彼はしばしばシューマッハのようなチームメイトより"遅い"と批判された。

「僕は気にしない」と彼は主張した。「でも、家族のことを言われるのは嫌だな」

今、彼はストックカー・ブラジルのチャンピオンになった。

「僕は自分の好きなことをしている」とバリチェロは述べた。「それに自分がいいドライバーだってことをブラジルの人々に見せることができてうれしい」

© ESPN Sports Media Ltd.