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  • ハント優勝、のちラウダ優勝

特集:1976年イギリスGP

Chris Medland / Me
2011年12月18日
タイトルを争うラウダとハントがフロントローに並んだことでレースは注目を集めた © Sutton Images
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1976年シーズンは白熱したワールドチャンピオンシップ争いが繰り広げられ、前半戦はニキ・ラウダが優位に立つ。レース後の政治的駆け引きがそこにさらなる刺激を付け加えた。

序盤7戦でフェラーリのラウダは4勝を収め、他の3戦でも表彰台に上っている。だが、当初彼の勝利は5勝――スペインGP後にジェームス・ハントのマシンの幅が広すぎたとして失格になり、一度はラウダがウイナーに昇格した。まるですべてがハントのチャンピオンシップへの挑戦を阻んでいるかのような展開だった。

しかし第8戦フランスではハントが勝ち、ラウダはエンジントラブルでリタイア。その後間もなくハントがスペインGPの勝者に返り咲いたとの一報がもたらされ、突如としてラウダとの差が縮まる。しかしラウダのリードは大きく、ハントの26ポイントに対しラウダは52ポイント。F1は第9戦の舞台、ブランズ・ハッチへとやってきた。

地元出身のハントがタイトル候補ということで、イギリスの観衆はこのカリスマティックなマクラーレンドライバーを応援しようと大挙してサーキットに詰めかけた。ハントとしてもホームレースで勝利を飾り、ギャップをさらに縮めたいところ。1963年以来イギリスGPはシルバーストーンとブランズ・ハッチで交互に開催されており、ケント州のサーキットでは7回目のレースだった。予選はシーズン後半戦のタイトなバトルを暗示するかのようにラウダがハントに対して0.06秒差でポールを奪取したのである。

そこから0.3秒遅れてロータスのマリオ・アンドレッティが3番手を獲得。ラウダのチームメイト、クレイ・レガツォーニが4番手に入り、パトリック・ドュパイエ操る6輪のティレルが5番手、6番手には意外にもエンサインのクリス・エイモンがつけた。

レースは最初の500mで決まったようなものだった。ラウダは順調にポールからグリッドを離れ、ハントのスタートも悪くはなかったが、レガッツォーニがすぐに彼の前に出るとパドック・ヒル・ベンドでラウダに並びかけた。フェラーリの2台は接触、レガッツォーニはスピンしながらも懸命にコントロールを取り戻そうとした。

この1コーナーのインシデントが数カ月にわたる論争を巻き起こした © Getty Images
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後ろではアンドレッティがハントのインに切り込み、マクラーレンをコーナーのアウトサイドに追いやった。ハントは体勢を崩しているレガッツォーニを避けようとしたが、フェラーリの右リアホイールに乗り上げ、マシンの右半分が浮き上がって2輪走行に。着地の衝撃でサスペンションが故障。ダメージを負ったフェラーリを避けようと集団が砂煙を巻き上げ、それがおさまると現場に残されていたのはレガッツォーニのフロントに乗り上げたリジェのジャック・ラフィットだけだった。回収車なしではコースをクリアにすることができなかったため、レースは中断。

ハントは大きなダメージを負ったままなんとかピットまでたどり着き、彼とレガッツォーニ、ラフィットは全員再スタートに備えてスペアカーに乗り換える準備を始めた。しかし、これはルールで認められなかったため、ハントのマクラーレンチームは必死でマシンの修復に取りかかった。一方レガッツォーニとラフィットはとりあえずスペアカーでレースに出ることを決め、その後の対処については後で考えることにした。

主催者が自力で1周目を完走していないハントの再スタートを認めるかどうかを審議する間、レースは40分にわたって延期された。その間ハントはいつものフランクな態度で事故について次のように説明。「レガッツォーニがニキにヒットして終わりさ。避けようがなかったよ。でも僕はサイドから回避を試みた。そしたら誰かがケツから当たってきたんだ」

再スタートさせるマシンを決めるのに長い時間がかかり、観客は"ハントを出せ!"の大合唱。遅延が長引いたおかげでマクラーレンはオリジナルマシンの修理を終えることができ、ハントは再びラウダの後ろ、2番グリッドに陣取った。

2度目のスタートではアンドレッティがグリッドでストール。1周後にはガイ・エドワーズとハンス・ヨアヒム・シュトゥックがリタイアした。ラウダがハントを率いてトップを走り、レガッツォーニがすぐ後ろの3番手。しかし油圧の低下で2台目のフェラーリはストップしてしまい、レースは上位2人の争いに。一定のギャップを築いたラウダだったが、ギアボックスにトラブルが生じ始め、ハントがドルイド・ヘアピンでフェラーリのインに飛び込みリードを奪った。

シーズン3勝目を挙げたと思い、喜ぶハント © Sutton Images
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そこからはハントにとって楽なレースとなり、みるみる後続を引き離していった。ラウダもマシンをいたわりながら2位に入ったが、マクラーレンからは50秒遅れ、3位のシェクターはさらに16秒遅れでチェッカーを受けた。

大喜びでマクラーレンから飛び降りたハントは、この勝利で"9ポイント、2万ドルと大きな幸せを手に入れた!"と笑顔でコメント。

「(レースでは)とてもリラックスしていた。もちろんクルマのハンドリングは心配だったし、レース最初の4分の1は良くなかった。でも進むにつれて改善していった」

「(メカニックたちは)実に素晴らしかったよ。いや、彼らは本当にいい仕事をしてくれた。とにかくやるしかなかったんだ。サスペンションは両サイド交換が必要だったし、後部全体もチェックしなければいけなかった。やってのけたことが信じられないくらいさ。スタートはあまり良くなかったけど、着実に改善していって、中間地点では最高の状態だった」

だがドラマはまだ続く。ハントの再スタートの正当性に疑問を抱くフェラーリが抗議。レースから3時間後、訴えは主催者によって退けられた。彼らは観衆からのプレッシャーに左右されたのではないと主張。しかしフェラーリは引き下がらず、FIAに上訴。9月になって彼らの主張が認められ、ハントは失格処分、ラウダがレース勝者となり、シェクターが2位、ジョン・ワトソンが3位と記録された。

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