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  • 危険のないモータースポーツは塩のない料理と同じ

スターリング・モス卿が斬る:2010年1月4日

Sir Stirling Moss / Me 2010年1月6日
グッドウッドでメルセデスW196に乗るスターリング・モス © Sutton Images
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現代において、競争は有害とみなされ、人々は真綿でくるまれたような環境で生きている。まったく対照的に、スターリング・モス卿がF1にいた頃は、それがこの世で最も危険なスポーツとされた時代であった。クレア・ファーネルがモス卿のロンドンの自宅を尋ね、時代の変化について話を聞いた。

「私がレースの世界に入った理由の1つは、危険があったからなんだ」と彼は口を開いた。「ティーンエイジャーとはそういうものだ。レーシングドライバーと名乗る人に出会うと、人は"それはさぞかし危険な仕事だろう"と言う。危険でなかったら、私はなんの魅力も感じなかっただろうね――それこそがレースの重要な一部なんだよ。料理に塩が欠かせないようにね」

「今日では、事故に遭ったとき、F1マシン以上に安全な乗り物は考えられない。少し前まではアラン・プロストとアイルトン・セナが、時速180マイル(288km)でホイールをぶつけ合いながら走っていた。今日のマシンの安全性は、確実にレースの質に影響を与えている。F1を引退して20年経った頃、私はアウディのツーリングカーに乗る機会があった。コーナーのたびに車体をへこませて走ったが、そうでなければ遅いということさ」

自身も頭部に重傷を負い、それが引退の引き金にもなったモス卿。彼は今年起きたフェリペ・マッサのひどい事故に触れると、身を乗り出した。

「あの恐ろしい事故を経て、復帰した彼がどのようなパフォーマンスを見せるか興味深い。ポロ競技用のものをわずかに改造しただけのような、1950年代や1960年代のヘルメットと比べると、今のヘルメットの進化は目覚ましいものがある」

「事故の後は、できるだけ早くクルマに乗るのがベストだといわれる。もちろん、私の場合は1962年にグッドウッドでの大事故後、すぐに復帰というわけにはいかなかったよ――1カ月もの間意識がなく、6カ月はまひが残っていたからね。決して能力は衰えていなかったんだ。しかし、以前は考えることなく自動的にドライブできていたのが、事故の後は集中して自分の動きを一つ一つ考えなければならなかった。それで、引退を強いられたというわけさ。マッサにはそうなってほしくない。だがもし、考えて走るようになってしまったら苦労するだろう」

7月に起きたマッサの事故の影響は? © Getty Images
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もちろん、危険には惨事もつきまとう。モス卿は自分が同世代の中の幸運な1人であったことを自覚している。彼は、アームコやランオフエリアの整備されていない時代を生き残ったのだ。

「不幸なことだが、毎年3、4人は本当にいいドライバーを失ったものだ――それがわれわれのスポーツのマイナス面ではある――しかし、自分の力を信じるしかなかった。誤解しないでほしい。私は別に死を望んでいたわけではない。あの時代の最大の問題は、マシンの強度が足りなかったことだ。負荷に耐えられる材質ではなかったために、すぐ壊れてしまうんだ。別に不思議なことではない。現在では、あらゆるパーツが特定の機能を目的として作られているが、当時は既製品を少し改造してレーシングカーに使うのが当たり前だったのだからね」

「昔のF1マシンというのは本当にもろいものだった。それに乗るという行為を分かりやすく例えるなら、地面から1フィート(30.48cm)の所に張られた綱の上を渡れと言われたら、誰でも挑戦するだろう。だが、それが50フィート(1m52cm)の高さだったら挑戦者は減るだろうし、セーフティネットがないともなれば、ますます少なくなる。だが、それこそが私にとってのレースの魅力だったんだ」

われわれの多くは彼の引退後、F1に導入された数々の安全対策が、スポーツの改善につながったと考えている。だが、モス卿は独自の見解を持つ。

「今のドライバーたちが私の時代のマシンに乗ると、"考えられない、あまりにも危険だ――クレイジーだよ"と言うのは知っている。ジャッキー・スチュワートは、レースを安全にするためにずいぶん努力した。巨大なランオフエリアがその一例だ。だが、私に言わせれば、むしろサーキットによってはこれがスポーツを台無しにしていると思えるんだよ」

われわれ同様、モス卿も"クラッシュゲート"についてはショックを受けたようだ。しかし、彼はスポーツとしてのF1の本質が失われてしまったのは、もっと昔のことだと強く信じている。

「シンガポールでピケJr.をクラッシュさせたといわれるフラビオ・ブリアトーレと彼のチームの行為にはがくぜんとした。こんなのはもはやスポーツではない――競馬がスポーツでなくなってしまったのと同じようにね。私の考えでは、マシンに広告を許可したときから、レースとしての後退が始まったと思っている。いったん広告主がつくと、大きな金が入ってくることになり、それがスポーツの要素を損なうというのはよくあることだ。興味深く、時に刺激的なビジネスではあるだろうが、そこにスポーツらしさは存在しない」

モス卿にとって、現役時代は大昔のことに思えるだろう――彼は今年80歳になった――この年代ならばスリッパ姿でパイプをくわえる日々に満足する者も多いはずだが、彼に衰えはまったくみられず、いまだにさまざまな歴史的イベントでレースに参加する姿を見ることができる。彼いわく、"自分が本当に愛するクルマ"に乗っているだけだという。

モス卿はとてもはっきりとした物言いをする人物だ。しかし、スポーツにおける60年もの経験は、意見を口にする正当な権利に値する。時にモス卿は耳が痛いことを言うかもしれないが、それでも多くの人に声を聞かせてほしい。

ESPNF1 クレア・ファーネル 【2009年12月10日】

© ESPN Sports Media Ltd.
Sir Stirling Moss Close
Sir Stirling Moss OBE - a British motor racing legend, recognised as one of the world's greatest racing drivers. He won an astonishing 212 of the 529 races he entered during his 15-year career, competing in just about every class of motor racing, including 16 Formula One races. His victory in the 1961 Monaco Grand Prix is one of the most famous races in F1 history. Stirling's vast experience comes from being a racer and from knowing those who compete in and run the sport now. He never shies away from commenting on all aspects of the sport he loves. Gallery of his career