Features

  • セナ、雨の中の4台抜き

特集:1993年ヨーロッパGP

Chris Medland / Me
2011年7月21日
ドニントン・ホールの敷地内に位置するドニントン・パーク・サーキット © Sutton Images
拡大
関連リンク

ダービーシャー州にあるドニントン・パークが唯一、ヨーロッパGPとしてF1レースを開催したグランプリがある。イギリスGP主催という夢はかなわず、ドニントンは中止されたオートポリスでのアジアGPに代わってカレンダー入りした。1985年以来のヨーロッパGP復活である。

サーキットオーナーのトム・ウィートクロフトにとってはまさに夢の実現。彼は戦前の状態への復興を願って(サーキットは戦時中、軍用輸送機の基地として使われており、その後閉鎖されていた)1971年にサーキットを購入している。生まれた時からサーキット近郊に住んでいたウィートクロフトは自転車で30マイルを走ってレースを見に行ったといい、垣根のすき間から忍び込んで入場したという。初期のレースについてウィートクロフトは「その場にいなければあの感覚は絶対に味わえない。メルセデス・ベンツW125やV16のアウト・ウニオンはストレート半ばですでに時速170マイルのスピードに達するんだ。あの音、におい、スピードといったら――あんなものを私たちはそれまで見たことがなかった」と振り返る。

サーキットはドニントン・ホールの敷地内に位置し、ウィートクロフトはおよそ10万ポンドでそれを取得した。多額の費用を投じた改修が行われ、1977年に再オープンを果たすと、8年後にはメルボルンループが追加されて全長が4.02kmに延長され、グランプリレースにふさわしいサーキットとなる。

1993年、F1では激しく燃え上がるライバル関係に注目が集まっていた。1年の休養を経たアラン・プロストがウィリアムズから復帰。契約の際に彼が突きつけたたった1つの条件は、アイルトン・セナをチームメイトにしてはならないというものだった。プロストはブランクを感じさせず、当時優勢を誇ったウィリアムズを駆り開幕戦のキャラミでセナを破って優勝。ブラジルでもレースをリードしたが、スピンを喫したクリスチャン・フィッティパルディのミナルディと接触、セナの母国優勝を許す。セナは自分のマクラーレンよりウィリアムズの方が優れていることを知っていた。そして1992年にナイジェル・マンセルが独走状態でタイトルを獲得して以来、ずっと移籍を狙っていたのだ。それ以外のチームの競争力を信じられなかったセナは、マクラーレンとも1戦ごとの契約しか交わそうとせず。その結果、ダメージを最小限に抑えるしかないというムードで第3戦ヨーロッパGPを迎えた。

4月初めにイギリスでレースを開催すれば、もはや雨は必然といえる。事実、金曜日は雨となったが、土曜日は好天に恵まれ、それぞれのマシン本来のペースが発揮された。セナの不安は予選で的中。4.02kmという短いサーキットでプロストは彼より1.7秒速いタイムを出し、ウィリアムズがフロントローを独占、ミハエル・シューマッハが3番手を獲得した。セナは4番手で、ザウバーのカール・ヴェンドリンガー、もう一台のマクラーレンに乗るマイケル・アンドレッティと続いた。

オープニングラップで次々の前のマシンを抜いていったアイルトン・セナ(前から3台目のマクラーレン) © Sutton Images
拡大

イースターの日曜日は再び雨。レースはかなり注目を浴びていた――ダイアナ皇太子妃が来ていたためだ。だが観客は少なく、マシンがグリッドに着いた時の路面状態はウエット。当時はトラクションコントロールが認められており、ウエットコンディションでのドライビングは理論上今より楽だったことになる。順調にスタートを切ったプロストはヒルを引き離していく。シューマッハはターン1でセナをけん制することに気を取られ、その隙にインサイドからヴェンドリンガーが2人をパス。セナは素早くマシンをインに寄せるとコーナー出口でシューマッハを抜いた。その後クレーナーカーブで外から強引にヴェンドリンガーに並び、オールドヘアピンで抜き去った。

1周目のセナのグリップの良さは驚異的で、ヴェンドリンガーを片付けるや否やマクリーンコーナーでヒルのインに入り、2番手に浮上。プロストはわずかなギャップを築いていたものの、セナは3つのコーナーで追い付き、メルボルンヘアピンのブレーキングで鮮やかに彼を追い越す。わずか10コーナーの間に彼は5番手からトップの座を奪ったのである。

ヴェンドリンガーのレースは1周足らずで終わってしまった。マクレーンでアンドレッティと絡み、2台はリタイア。ここでなんとルーベンス・バリチェロが4番手に浮上し、ジャン・アレジとシューマッハを率いることになった。

オープニングラップでオーバーテイクの才能を見せつけたセナはウエットでの腕前を発揮して急速にリードを広げ始める。2周目の終わりには4秒のリードができていた。しかしながらコースはすぐに乾き始め、差は縮んでいく。ドライバーたちはスリックタイヤに交換する最適なタイミングを計っていた。まずピットインしたのは3番手を走行していたヒル。これでセナも対応を迫られ、比較的短いコース上が込み合っていたこともあってプロストがバリチェロを抑え込んだ。

20周目、プロストがスリックへの交換のためにピットインすると再びセナがトップに立った。だがヒヤリとする場面も。互いにバトルをしていたマーク・ブランデルとクリスチャン・フィッティパルディが後ろから来るセナのマクラーレンに気付かなかったのだ。セナはブロックされる格好になったが、そこへ再び雨が降り始め、ブランデルはS字でスピン。そこへフィッティパルディがターンインしたが、寸前でラップリーダーとのクラッシュを回避した。

ピットボードからセナがいかに独走態勢を築いていたかが分かる © Sutton Images
拡大

プロストは直ちにピットに入ってウエットタイヤに履き替える。シューマッハがスピンアウトを喫しており、これは正しい判断に思えた。ヒルもタイヤを交換。しかしセナはスリックでコースにとどまり、再びウエットに変えるまでにリードをさらに広げている。

コンディションの変化に振り回され、ピットレーンは大混乱に陥った。雨はすぐに弱まり、路面は再び乾きだした。最初にタイヤを交換したのはまたもプロスト。セナも次のラップでそれに続いてピットインしたが、右リアのホイールナットがうまく締まらず、ウィリアムズの後ろにポジションを落とした。プロストはコンディション変化の最初の兆候が見えるとすぐに動くことを心がけていた。さらに雨が降り出した時もその通りに対応したが、短い雨はプロフェッサーの判断を誤らせた。彼はほとんどすぐに再びスリックへの交換を強いられる。さらにピットレーンでエンジンがストール。セナの1周遅れでコースに復帰した。セナはスリックタイヤで濡れたコースを完全に支配していた。

プロストと同じく2回ピットインしていたヒルが3番手、その前をバリチェロが走行。だが残り6周というところで燃料プレッシャーのトラブルが発生し、バリチェロはピットイン。初表彰台のチャンスを逃した。先頭ではセナが順調に走行を続け、遅れてウエットタイヤの交換に戻ってきた頃には自分以外の全車を周回遅れにしていた。しかし、マクラーレンのピットでタイヤは用意されておらず、彼はそのままピットをスルーしていった。その際にレースのファステストラップを記録している。ピットレーンがストレートの途中からゴダードヘアピンに向けて設けられているというドニントンのコース特性によるものだった。

その後ようやくウエットタイヤを装着する間にヒルだけが周回遅れを取り戻した。激しくなる雨の中、セナはクルージングでレースを走り切った。過酷なコンディションに耐え、セナの超一流のドライビングを目撃した観客は3万人ほどに過ぎない。セナはコンディションを完ぺきに読み切り、格の違いを見せつけた。中でも最もきまりの悪い思いをしたのはプロストだろう。セナのピットインが4回だったのに対し、プロストは7回もピットインを繰り返していた。

携帯サイト『F1-Live.com MOBILES』ではESPNF1でご紹介する特集記事をイチ早くお届け! F1最新ニュースも速報でお伝えしています! 他にも、F1クイズ選手権や携帯サイトでしか手に入らないグランプリの待受&フォト、誕生日を迎えたドライバーのフォトセレクションなど盛りだくさんのコンテンツをご用意しています。携帯サイト『F1-Live.com MOBILES(月額315円)』で、ぜひF1シーズンをご堪能ください。

携帯サイトURL⇒http://k.F1-Live.com/m

i-mode: メニューリストスポーツモータースポーツ
EZweb: カテゴリ(メニューリスト)趣味・娯楽/スポーツ・レジャー車・バイク
Y! ケータイ: メニューリストスポーツF1・モータースポーツ

公式twitter URL: @F1_Live_com

QR Code

© ESPN Sports Media Ltd.