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  • 雨の中での勝利

トップ10:ウエットレース

Fraser Masefield / Me
2010年12月8日

雨は優れたドライバーと最高のドライバーを振り分けるリトマス試験紙の役目を果たす。最も過酷な条件下で最高の走りを見せたドライバーのレースを振り返る。

1993年のドニントン・パーク、ヒルとプロストの背後に迫るセナ。彼はこのオープニングラップで伝説を作る © Sutton Images
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【アイルトン・セナ ドニントン・パーク(1993年)】

F1史に残る最高のラップを見せたアイルトン・セナ。彼はドニントン・パークでウエットマスターの称号を確かなものにした。ドライコンディションで行われた土曜予選で、アラン・プロスト、デイモン・ヒルのウィリアムズデュオがフロントローを独占したのは不思議ではない。パワーの足りないセナのマクラーレン・コスワースは3番手のミハエル・シューマッハにも届かなかった。だが激しい雨の中、プロストがヒルを従えてスタートしたレースは全く別の展開をみせる。シューマッハがセナをブロックしたすきにカール・ヴェンドリンガーが3番手にジャンプアップし、セナは5番手に後退。だがこの後の出来事はF1の伝説となった。最初の犠牲者はシューマッハ。レッドゲートコーナー出口であっさりと彼を抜き去ったセナは、クレーナーカーブでヴェンドリンガーをパスして3番手に上がり、オールドヘアピンに差しかかった。丘を登っている間にヒルに接近し、コピスコーナーで脇をすり抜けてパス。宿敵プロストがメルボルンヘアピンに到達する頃にはピタリと後ろにつけており、インサイドに飛び込んだ。オープニングラップが終わった時、リーダーはなんとセナに替わっていた。その後のレースは断続的に雨が降り続き、ピットはウエットやドライへのタイヤ交換で大混乱。だがセナは2度もライバルより長くスリックでとどまるというギャンプルに出て、ヒルとプロストから勝利を奪った。

【ジェームス・ハント 富士(1976年)】

ニキ・ラウダがジェームス・ハントを3ポイントリードして迎えた最終戦富士。予選でハントがラウダを抑えて2番グリッドを獲得し、タイトル一大決戦の舞台は整ったかに見えた。ところがレース日の天候は大荒れ。サーキットは川と化し、霧が立ちこめていた。レースを実施すべきかどうかで主催者とドライバーの間で激しい議論が交わされた結果、開催が決定。ハントはマリオ・アンドレッティやジョン・ワトソンらを率いてトップを快走したが、中団グループの混戦の中に放り出されたラウダは視界が確保できない。この年のニュルブルクリンクで大やけどを負う大事故を経験していたラウダは、これ以上走れないと判断し、ピットに戻った。カルロス・パーチェとエマーソン・フィッティパルディもそれに続いてリタイア。ウエットの中で優れた技術を見せ、リードを続けたハントだったが、サーキットが乾き始めるとペースが落ち、パトリック・ドゥパイエとアンドレッティに追い越された。ドゥパイエは左リアタイヤの空気が抜けるトラブルでピットインしたが、その後アラン・ジョーンズとレガッツォーニを抜き去り、2番手に。ハントも同様の不運に見舞われ、一時5番手までポジションを落としたものの、気力で2台をパスして3位フィニッシュ。逆転でワールドタイトルを手にした。過酷な条件に負けない勇敢なドライブだった。

【アルベルト・アスカリ スパ・フランコルシャン(1952年)】

天候に左右されるドラマチックなレースで知られるベルギーGP。スパ・フランコルシャンでのこのレースもまた例外ではない。3時間にわたり激しい雨が降り続いた後、ずぶ濡れになりながらこの場所で最初に見事なドライビングを見せたのはアルベルト・アスカリだった。彼はフェラーリのチームメイトで2位のジュゼッペ・ファリーナを2分近く引き離してゴールイン。これぞ至極のウエットウエザードライブという走りで、周りが脱落していく中、強靱(きょうじん)な精神で安定したペースを保ち続けた。ジャン・ベーラにぶつけられたピエロ・タルッフィがマルメディでスピンし、スターリング・モスさえもコンディションに屈したレースだった。アスカリの勝利がいかに途方もないものだったかは、3位のロベール・マンゾンに4分半という大差をつけた事実からも分かる。

【ジム・クラーク スパ・フランコルシャン(1963年)】

予選でギアボックストラブルに苦しんだジム・クラークは、ジャック・ブラバムと並びベルギーGP3列目のグリッドに着いた。彼がそこまでの速さを見せると考えた者はほとんどいなかったが、雨に見舞われたレース日、クラークは素晴らしいスタートでグラハム・ヒル、ダン・ガーニー、ブルース・マクラーレンらを次々と抜き去り、7つポジションを上げてオープニングラップをリード。レースはすぐにクラークとヒルのバトルになった。だが新たな嵐がさらなる雨を降らせ、グラハムはギアボックストラブルでリタイア。ガーニーが2番手に浮上した直後、3番手のトニー・マッグスが危険なコンディションに足をすくわれてスピン。だがクラークはウエットマスターの走りを続け、マクラーレンに5分近い差をつけて優勝した。

【アイルトン・セナ エストリル(1985年)】

セナの2つ目のランキング入りは、彼のグランプリ初優勝のレース。1年前のモナコで2位に入った見事なドライビングに続き、この若きブラジル人が真のウエットマスターであることが証明された。あまりにもひどい雨のため、レース日はレコノサンスラップでスピンするドライバーが続出した。ナイジェル・マンセルもその1人で、彼はウィリアムズのスペアカーに乗り替え、ピットレーンスタートとなった。レースが始まるとポールからスタートしたセナがトップをキープ。前がクリアな状態でみるみる加速し、あっという間にはるか彼方に走り去った。セナの最大のライバルとなり、マシンコントロールにおいては右に出るもののいないアラン・プロストでさえ、コンディションに対応できず、30周目に派手なスピンを演じてリタイア。セナの優位は揺るがず、ミケーレ・アルボレートのフェラーリより1分以上先にチェッカーを受けた。

濃い霧の中、後続に4分以上の差をつけてニュルブルクリンクを突き進むスチュワート © Sutton Images
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【ジャッキー・スチュワート ニュルブルクリンク(1968年)】

悪条件の中、4分以上の大差で勝つというのは真のチャンピオンたる証である。偉大なファン-マヌエル・ファンジオと並び、F1最大の難コース、ニュルブルクリンク北コースで3勝を挙げている唯一のドライバーがジャッキー・スチュワートだ。中でも最高のレースは1968年だった。あまりの悪天候のため、スタートは2度にわたり延期される。スチュワートは中止を求めていたドライバーの1人。確実に悪化していくコンディションの中、チャンピオンシップをリードしていたグラハム・ヒルが順当にレースを先導していく。だが、オープニングラップが終わってみると、6番手スタートのスチュワートが先頭に立っていた。ポールポジションのジャッキー・イクスは出足が鈍く、その優位性を生かせず終わった。スチュワートの次なる相手はグラハム、ヨッヘン・リントとクリス・エイモン。文字通りライバルたちを蹴散らしたスチュワートは霧の彼方に消えていった。その後、後続が再び彼のマシンに追いつくことはなかった。ドライでさえもオーバーテイクが困難なこのコースで、彼は4分の差をつけて勝ったのだ!

【ジョン・サーティース スパ・フランコルシャン(1966年)】

わずか7台の完走という、グランプリ史上最も危険で恐ろしいレースだった。勝利を飾ったのはジョン・サーティース。予選でポールを獲得したサーティースは、後方で大混乱が生じる中、序盤からリードを奪う。間もなく豪雨が降り始め、ヨアキム・ボニエ、マイク・スペンス、ジョー・シファート、デニス・ハルムらがすべて姿を消した。マスタキンクでスピンを喫したヨッヘン・リントはどうにか復帰を果たしたが、それほど幸運なドライバーばかりではなかった。リントと同じ場所でジャッキー・スチュワート、グラハム・ヒル、ボブ・ボンデュラントが皆コントロールを失った。ボンデュラントのマシンは転覆したが、彼は切り傷と打ち身だけで済んだ。グラハムのマシンにダメージはなかったが、農舎の地階に逆さまに突っ込み、マシンに閉じこめられたスチュワートを救い出そうとストップ。スチュワートは燃料を浴び、肩とあばら骨を折っていた。グラハムとボンデュラントは25分かけてスチュワートを救出。一時リントがサーティースからリードを奪ったが、序盤に技術だけでなく勇気を証明したサーティースが乾き始めたコースで抜き返し、勝利をつかみ取った。

【デイモン・ヒル 鈴鹿(1994年)】

残り2レースでミハエル・シューマッハを5ポイント差で追っていたヒルは、鈴鹿でライバルにこれ以上リードを広げられるわけにはいかなかった。レース日は雨。"レーゲンマイスター(レインマスター)"として知られるシューマッハを前に、ヒルのタイトルの望みは消滅したと誰もが思った。ヒルの前、ポールからスタートしたシューマッハはウィリアムズの前に滑り込み、ポジションを守った。コンディションが悪化する中、スピンを喫したジョニー・ハーバートがピットウオールにクラッシュ。ヒルをパスしようとしたハインツ・ハラルド・フランツェンもスピンし、セーフティカーが出動。ヒルはリスタートと同時にシューマッハを追いかけたが、ジャンニ・モルビデリやマーティン・ブランドルらのスピンがさらに相次ぎ、レースはいったん赤旗中断、再スタートとなった。先頭集団で最初にピットインしたのはシューマッハだったが、レース短縮に賭けた彼はヒルより多く燃料を積み込む。そこで前に立ったヒルはもう一度ストップしなければならないシューマッハを抑え切り、3秒差をつけて勝った。ウエットで無敵と称されたシューマッハを、最も重要な場面で破ってみせた。

【ミハエル・シューマッハ カタロニア/バルセロナ(1996年)】

ウエットが得意なことで知られるミハエル・シューマッハがその才能を最大限発揮したのは、おそらく1996年のスペインGPだろう。シーズンを通してウィリアムズより遅かったフェラーリで、自身45勝目を圧倒的な形で達成したことが印象深かった。前のマシンのテールランプはおろか、自分のマシンのフロントウイングも見えないほど視界が悪い中、スタートでジャック・ビルヌーブとジャン・アレジがポールシッターのデイモン・ヒルの前に出た。リーダーたちの後ろでシューマッハは4つポジションを落とし、7番手から仕事をしなければならなかった。あちこちで追突が発生し、それぞれ誰にぶつかったのか、何が起こったのかさえも分からないまま1台1台マシンが消えていくというカオス状態。オープニングラップが終わる前に6台が姿を消していた。レース半分が過ぎる頃には、ヒルを含む半数のマシンがいなくなっていた。12周目、ゲルハルト・ベルガー、アレジとビルヌーブを追い越したシューマッハがリーダーに。いったん先頭に立った彼は誰にも止められなかった。次々とファステストを更新しての優勝。マシンは劣っていたが、彼こそが最速のドライバーだった。

【セバスチャン・ベッテル モンツァ(2008年)】

セバスチャン・ベッテルのスター性がはっきりと示されたのは、彼がF1最年少ウイナーに輝いた時だった。しばしば雨は平均化の役割を果たすとされる。そして、非凡な才能が際立つ時でもある。メーカー系のチームに対し、劣るトロ・ロッソのマシンで、それを成し遂げたベッテルはまさに天性のドライビングだった。土曜日にポールポジションを獲得してパドックを驚かせたベッテルは、ウエットとの相性の良さを見せつけた。同様のコンディションに見舞われ、セーフティカー先導でスタートしたレースもまた彼好みの展開に。前方がクリアなベッテルは順調にマクラーレンのヘイキ・コバライネンを引き離し、10秒以上のリードを持って18周目にピットイン。路面が乾き始めた頃に2度目のピットインを行い、レースを完全にコントロールしてのけた。その若さにして成熟したドライビングはルイス・ハミルトンも認めている。「あれだけのプレッシャーがあると、ミスをするのも簡単だけど、彼はそうならなかった。おめでとう。素晴らしい走りだったよ」

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