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F1のツイートに反論したアロンソ

M.S.
2019年3月27日 « ハミルトンがサッカー選手への差別的チャントを非難 | 人種差別に「立ち上がれ」とハミルトンが呼び掛け »
© Xavier Bonilla/NurPhoto via Getty Images
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フェルナンド・アロンソはそれほどF1を恋しがっているようではない。

2019年にアロンソがF1から退いたのには、2つの主な理由があった。一つは競争力に欠けるマクラーレンに嫌気がさしたこと、そして、もう一つは今年が2度目の挑戦となるインディ500での勝利など、F1とは別のことに集中するためだ。

アロンソはF1史でも最も豊かな才能を備えながらも、それが十分に満たされることがなかったドライバーとしてF1を後にした。マクラーレンドライバーだった2007年やフェラーリを駆っていた2010年と2012年にタイトルまであと一歩のところにいたとは言え、ルノーで選手権連覇を果たした2005年と2006年の成果にそれ以上のものをつけ加えることなく、キャリアに一区切りをつけている。

2010年と2012年の優勝争いは、フェラーリにとってもキミ・ライコネン(現アルファロメオ・レーシング)が2007年に王者になって以来、最もタイトルに近づいたバトルだった。

その当時にフェラーリの社長だったのは、F1が昨年からスタートしているポッドキャスト"Beyond the Grid(ビヨンド・ザ・グリッド)"最新号のゲストだったルカ・ディ・モンテゼモーロだ。

F1は『Twitter(ツイッター)』でその内容に触れ、「勝ったとき、彼は満足だった。負けたとき、それはチームの問題だった・・・」というモンテゼモーロの発言を引用している。

これにはアロンソにも一言あったようで、笑いの絵文字とともに「これがこのアカウントをフォローしない理由だったに違いない。今日はそれをまた思い知らされたよ! 社長はそんなことを言わない。特に、チームの得点の80%をたたき出した後にはね。僕らは一緒に、心の底から懸命にレースし、選手権のラストレースまで戦った」と述べた。

ディ・モンテゼモーロの引用は一部が省略されており、詳しくは次のような内容だった・

「彼はアロンソ・フェラーリではなく、アロンソだった。勝ったとき、彼は満足だった。負けたとき、それはチームの問題であり、彼は不満だった」

「言い換えれば、彼はマイケル(ミハエル・シューマッハ)やニキ(ラウダ)ほどチームに近くなかったのだ。特に、厳しいときには。良いときにチームと近しいのは簡単なことだ」

「パフォーマンス面で言えば、フェルナンドは非常に優れていた。私にとって、アロンソはレースでハミルトンやベッテルに並び、マイケルに非常に近い。レースでは、アロンソはファンタスティックなドライバーだったし、今もそうだ。彼は(2010年と2012年に)自分のミスのせいではなくチャンピオンシップを落とした」

「彼が一つでも選手権に勝っていれば、今日、われわれは少し違うことを話していただろう。アロンソは長年、最高のマシンを手にしていなかったが、選手権に勝った。アロンソはものすごく強い、とね」

アロンソのF1離脱がどのような形になるかはまだ不透明な部分がある。今年はトヨタと共に世界耐久選手権の2018-2019シーズンを戦う予定であり、そのハイライトは昨年に優勝を遂げたル・マン24時間だ。マクラーレンCEOのザク・ブラウンは、将来的にアロンソが希望したときのためにF1への扉を開いたままにしている。

いわゆるモータースポーツ界の3冠の一つに数えられるF1モナコGPを制し、ル・マン24時間でも勝利を飾ったアロンソにとって、残るターゲットはインディ500のみだ。5月にインディアナポリス・モータースピードウェイで優勝できれば、アロンソは1960年代から1970年代にかけて偉業を成し遂げたグラハム・ヒルに次ぐ史上2人目の3冠達成者となる。

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