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© Mark Sutton/Sutton Images
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一見すると、主人公たちが登場しないチャンピオンシップシリーズの密着取材など、ピント外れに思えるかもしれない。だが、『Netflix(ネットフリックス)』で公開された新しいF1番組は最も有名なスターたちがメインでないにもかかわらず、見どころ満載となっている。

先月、ネットフリックスは全10回で構成される『Formula 1: 栄光のグランプリ(原題:Drive to Survive)』シリーズへの参加を拒否したメルセデスとフェラーリを批判し、彼らの姿勢がチャンピオンシップに損害を与えたと述べていた。ドキュメンタリーは8日(金)に配信がスタートしている。フェラーリは後に決定を翻し、イタリアGPからカメラに向けてガレージのドアを開いたが、シリーズを通してルイス・ハミルトンとセバスチャン・ベッテルのチャンピオンシップ争いが焦点となることはなかった。

しかし、銀と赤のチームがいないからといってがっかりしないでほしい。グリッドの先頭ではなく、もっと下位にいるチームを深く掘り下げたことで、魅力はむしろ強化されているほどだ。

舞台裏のシーンやレースの映像はもちろん素晴らしく、うっとりするものではあるが、ショーの中で最大の話題となるのは最新鋭のレースマシンを扱い、そこで実際に働く人々だ。『Formula 1: 栄光のグランプリ』は人々が今まで目にすることのなかった生々しいF1の姿だ。

輝くシュタイナー

アゼルバイジャンGPでダニエル・リカルドとマックス・フェルスタッペンが同士打ちを演じ、自分の飼っているロバの方がよっぽど扱いやすいとぼやいたり、飼い犬の名前がバーニーとフラビオ(想像するに由来は元F1最高責任者のバーニー・エクレストンとベネトンチーム代表のフラビオ・ブリアトーレだろう)だと判明したりするレッドブルのクリスチャン・ホーナーや、苦境に立たされた父のチームを率いるのに本当に自分がふさわしいのだろうかと率直に悩みを打ち明けるクレア・ウィリアムズ、オーストラリアでの息子のレースやモナコでの勝利を見守り、感情をあらわにするジョーとグレース・リカルド夫妻。どのシーンもまぶしく、ありのままに映し出されている。上位に焦点を当てられなかったことで、シリーズはF1のピットレーンを構成するそれ以外の個性をうまく捉えることになった。

これを見て新たな信者が生まれることは間違いないだろう。中でもアメリカチームのハースF1を率いるギュンサー・シュタイナー代表の人気上昇は間違いない。オーストリアとの国境に近いイタリアのメラノで生まれたシュタイナーは実に魅力的なキャラクターだ。初めのうちはそのアクセントのせいで発言を聞き取るだけでも苦労するかもしれない。礼儀正しく気取らないシュタイナーはパドック内の人気者だ。共に働く人々に愛されているのはもちろん、メディア相手にフランクで正直、時にエキセントリックな対応を見せ、頻繁に禁止用語を口にすることもあり、取材陣からも一目置かれている。

ぜひ見てほしい2つのシーンがある。1つ目はハースF1がオーストラリアで4番手と5番手を走りながらも、同じピットストップのミスでまさかのダブルリタイアを喫した悲劇の場面だ。レース前にシュタイナー自身、それについて懸念を抱いていたように見える。その後の展開は見る者の心を打つ。ミスを犯したメカニックは涙ぐみ、頭を抱えるガレージの人々、レース後のパドックでカメラを避けようとしながらいら立った様子で近くの広報に助けを求めるケビン・マグヌッセン――美しくも悲痛な映像が目まぐるしく流れていく。

そんな中でもシュタイナーの働きは際立っている。レース後に電話でチームオーナーのジーン・ハースに報告する彼の言葉に一切飾りはない。

「私は答えを持っていないんだ、ジーン」と彼は言う。「われわれが、ただしくじったまでだ」

「クソッ! 4位と5位だ。ジーン、もしわれわれが4位と5位になっていたなら今頃ロックスターのようになっていただろう。ところがどうだ、これじゃあ大ばか野郎の集まりじゃないか! ふざけたピエロの軍団だよ!」

彼が輝くのはここだけではない。2017年のUS GPでロマン・グロージャンに無線で"口を閉じろ"と言い放ったことが思い出されるシュタイナーは、昨年序盤に彼がスランプに陥っていた時も手加減しなかった。ピットウオールにいた彼は、ある時点でグロージャンのレースエンジニアに"いいからグチグチ言わず、ドライビングに集中しろと彼に言え"と伝達する。

だが、最も衝撃的なのはフランスGPの週末中に開かれたハースF1のチームディナーの席だ。集合したチームの前で起立し、始まりのあいさつを述べたシュタイナーは、いかにもなブラックジョークで欠席しているグロージャンに言及した。「ロマンはここにいない。それは彼がノーポイントだからかもしれない。あるいは食べる資格なしと判断して、私が招待しなかったのかも」

プレシーズン中のシュタイナーにドキュメンタリーの公開が待ち遠しいかと質問したことがある。その答えを聞く限り、どの場面が取り上げられるかを彼はおおかた予想していたように見える。

「いやあ、私は見たくないね」と彼は笑いながら言った。「娘には見せない方がいいと言われたよ! 一部、言葉遣いに問題が・・・きっと追及されてしまうだろう。いつも、"そういう言葉を口にしてはいけない"って言っているくせに、パパがテレビで言っているじゃないかってね。もし(今年の)パドックでああいう言葉をわめきながら走り回る10歳児を見たら、それはうちの子に違いないよ!」

シュタイナーは決して特別ユニークなわけではない。F1には毎シーズンのチャンピオンシップ争いの外で、いくつかエピソードが作れそうな人たちがあふれている。だが、過ぎし日のような強烈なキャラクターが不在といわれる現代F1にあって、シュタイナーのような人物に光が当たるというのは、バーニー・エクレストンがスポーツの実権を握っていた数年前までは考えられなかったことだ。

© Mark Thompson/Getty Images
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このドキュメンタリーがあってもなくても、個性的なことで知られるのがオーストラリア人ドライバーのリカルドだ。だが彼の場合は契約最終年だったこともあり、レッドブルに残るか、それとも別のチームに行くかの決断を下すまでの過程がエピソードの中心となった。このスポーツにおいて、いわゆる"シリーシーズン"の裏側というのは通常推測するしかないものだが、やがてルノー入りを決めることになる彼の心の動きから目が離せない。

シリーズについてやや冷めた見方をするドライバーもいるようだが、リカルドは大局を理解している。「きっとクールなものになるよ」と彼はプレシーズンテスト中のバルセロナでコメントした。「僕だけじゃなく、F1にとってね。こういう存在が増えるのはいいことだ」

「アメリカの小さな町にいる人とか、世界中のどこかにいる人、誰もがそれを見ることができて、F1についての理解を深めることができる。それが何より重要なことだと思う。グローバルに行き渡らせることが重要だ」

逆行は不要

F1はネットフリックスにもう1シーズン撮影を続けてほしいと願っている。カメラは新車発表会やプレシーズンテストのパドックにも入っており、全チーム――メルセデスとフェラーリを含む――との交渉は継続中だ。

F1モータースポーツ部門の責任者を務めるロス・ブラウンは、以前彼のいた2チームが参加に否定的なのは理解できるという。それでも、彼らにはこれから先のより大きな図に目を向けてもらいたいと希望した。

「私は以前メルセデスの代表だったが、1人のドライバーが協力したくないと言えば、それをチームに強制するのはかなり難しかっただろう」とブラウンは述べた。「このスポーツは成長できると私は考えているし、全てのチームがそのプロセスの一部になれば、さらに速い成長が可能なのは間違いない」

「チームたちは自分たちの関与がコース内だけに限られていないことを理解し始めていると思う。彼らはスポーツの改善にあらゆる方法で関与できるのだ。全てのチームが同時にその結論にたどり着くわけではないだろうが、全員がその結論へと向かいつつあるはずだ。2019年にはもう一歩新たな前進が見られるだろう」

人々にどんなアクセスを与えられるかを重視するブラウンは、視聴によって既存、そして潜在的なファンの経験を高めることができるこのドキュメンタリーを単純にF1の次のステージだと考えている。

「大きくはない、ごく小さな例を1つ挙げよう。チーム無線だ。長い間それは暗号化され、秘密にされていた。どんなことが言われているのかは誰も知らなかった。ある時それが強制解除された」

「(今では)ドライバーの言葉がF1でいかに大きな側面を持っているかを誰もが知るようになった。もちろん、皆用心しているし、独自のコードは持っているだろう。それはしばらくすれば解明できる。だが、いまさら無線のなかった時代に戻ることなど想像できない。それはすでにスポーツの中で非常に素晴らしい要素になっているからだ。われわれのスポーツはファンを無線のコミュニケーションに現れるドライバーやエンジニアたちの感情に触れさせることができる。モーターレース以外にそんなことができるスポーツは他に思いつかないよ。パフォーマンス中のドライバーに話しかけるなんてことはね」

「それはわれわれが前進できる素晴らしい一例だ。ネットフリックスも同様の例だと思う。これほどの洞察を提供することができるのだから、逆行する理由がどこにある?」

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