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移籍を決断するストレスは思った以上だったとリカルド

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2018年12月5日 « アロンソのインディ500挑戦はシボレーとタッグ | ルノーがトップ2とのパワー差を自己分析 »
© Mark Thompson/Getty Images
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2019年にレッドブルを離れ、ルノー・スポールF1チームに移籍することを決めるまでのプロセスは思っていた以上にストレスフルだったとダニエル・リカルドが認めている。夏休み前のいくつかのレースでは準備に影響があったかもしれないと彼は述べた。

リカルドが8月に突然のルノー移籍を発表したことは、F1コミュニティーに衝撃をもたらした。レッドブルとの契約最終年を迎えていた彼はそれまで数カ月間にわたり、自身に与えられたオプションを検討していた。中国とモナコで勝利を飾り、輝かしいシーズンスタートを切ったはずのオーストラリア人ドライバーとレッドブルのパフォーマンスは、夏休み前の数カ月で下降線を描いている。

それはちょうど、彼がメルセデス、マクラーレン、ルノーと交渉しながら、レッドブルとの契約更新についても話し合っていた時期だ。当時はレッドブル残留でほぼ決まりだろうと考えられていたのだが、ハンガリーGPの翌週になってルノーへの電撃移籍が発表された。

レースでマシンに飛び乗れば、外部のノイズは全てスイッチオフできたと主張するリカルドだが、決断するまでのストレスは自分が思っていた以上に大きかったという。

「当時はそう思っていなかったんだけどね」とリカルドは『ESPN』に打ち明けた。「たとえクルマに向かう途中でつまずいて転び、腕が傷だらけになったとしても、クルマに乗ってしまえば頭の中はリセットされていた」

「影響があったとすれば――意識せず――コースから離れている時に、普段なら8時間寝るのが習慣なんだけど、いろいろ考えているせいで6時間になる・・・みたいなことだと思う。そういうのが積み重なれば、明らかに何らかの影響が出てくる」

「繰り返すけど僕はそんなにヤワじゃないし、クルマに乗ればいつだってご機嫌でスイッチが入るタイプだよ。ただ、自分でも気づかないうちに少しだけ影響を受けていた可能性はある」

「普段通りに眠れなかった夜も確かにあったよ。すっといろいろ考えていたからね。そういうのが積み重なって、以前ほどぴりっとしていなかった時もあったかもしれない」

夏休み後もレッドブルの信頼性トラブルの大半がなぜかリカルドに襲いかかり、いら立ちの募る流れは続いた。何度か絶好のチャンスがあったにもかかわらず、彼はモンテカルロでの勝利以降、一度も表彰台に返り咲くことができないままシーズンを終えた。オースティンでは好走しながらのリタイア、ポールポジションを獲得したメキシコGPではマシントラブルに見舞われている。

2018年はこれまでのキャリアで最も厳しいシーズンだったのではないかと尋ねると、彼は述べた。「100%そうだね。リザルトを無視したとしても、その周囲であまりにも多くのことが起こりすぎていた・・・ハイもローもあったよ」

「いくつかのDNF(リタイア)はクレイジーだった。でも、モナコのようなハイも同じ年に起きているんだから、おかしな1年だよ。来年どうするかを決める前と後の両方で、本当にすごく強烈なシーズンを経験したと思う」

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