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F1サーカスがハンガロリンクに乗り込んだ23日(木)、パドックで開かれたメディアセッションでは多くのドライバーたちが、2014年日本GPで頭部に重傷を負い、先週17日(金)に永眠したジュール・ビアンキへの思いを語った。

ロマン・グロージャン

「ジュールとは一緒にいすぎて、これっていう思い出を挙げられない。僕が彼の名前を初めて聞いたのは確か2003年だったんじゃないかな。カートでは僕よりはるかに優秀なドライバーだった。彼の方が若かったのにさ。その後、彼は僕が挑戦したすべてのカテゴリーを経験して、そのすべてで優勝している。ジュールとはいろんなことを共有してきたと思う。とても素敵なセレモニーだった。かなり切なかった。ご両親に会えたのはうれしかった。もちろん、今週末は僕たち全員が彼を思って走るけど、個人的に、僕はジュールのために戦ったことを決して忘れないだろう」

フェルナンド・アロンソ

「コースの外でかなりたくさんの時間を一緒に過ごした。そういうコース外での彼との記憶を思い出す。もちろん、レース週末に関しては彼が優秀なドライバーだったことは間違いないし、彼に明るい未来があったことも皆が知っている。たぶんきっとフェラーリのシートも可能性が高かっただろう。マラネロにいた3年間、僕は彼とコース外でたくさんの時間を過ごした。一緒にトレーニングキャンプを張ったこともあったし、一緒に自転車に乗ったり、サッカーをやったり、カードゲームを楽しんだりもした。2012年にはフェラーリと一緒に(スペインの)ランサローテで1週間のトレーニングキャンプがあって、その期間中、僕たちはルームメイトだったんだ。ずっと一緒にいたから、今はものすごく強い思いもあるし、悲しい」

ジェンソン・バトン

「僕の中でジュールと言えば粘り強さ。環境面ではF1で楽なポジションにいなかったけれど、常に最大の力を引き出していたし、昨年のモナコがそれを証明していると思う。彼がどれだけ才能にあふれていたかは皆が分かっていること。まだ若かったし、もっともっと達成できただろう。とても悲しいけど、彼が人として、ドライバーとして優れていたことを称えなきゃいけない。(葬儀には)参列したけど多くを語りたくない。誰にとってもショックで悲しい。確かにジュールは重篤な状態が長く続いていたけれど、それでも、彼が亡くなったというニュースを聞いた時には激しいショックを受けたし、このスポーツにいる全員にとってタフな時間だ。もちろん、彼のご家族や友人ははるかにつらいと思うし、彼らのプライバシーを尊重すべきだと思っている。レーシングドライバーとして、ライバルであり友人の一人が亡くなったことは本当につらい。でも、それでも、次の日にはマシンに乗ろうと思う。僕たちがやっているのはそういうことだから。このスポーツのあり方だと思うから。きっとジュールも、今週末に全開で戦いたかっただろうし、彼のためにも全力を尽くす」

ルイス・ハミルトン

「個人的な話だけど、僕は以前にも同じ経験をしている。その時とまったく同じ。9歳の時にコース上で子供が亡くなったんだ。僕はそれを昨日のことのように覚えている。レース前には彼と言葉を交わした。そのコース上で彼は命を落としたんだ。お葬式に行ったことも記憶にあるし、その経験があったから、僕にとってはまさにデジャヴのよう。このスポーツをやる上で絶対に目にしたくないこと。実際にその規模を理解するのはとても難しいことだと思う。人の不幸は心が痛んでしょうがない。お葬式に行けば当然なんだけど彼の親しい友人や家族に会う・・・。自分がジュールの親友だったとは言えない。彼のことをそこまで知っているわけじゃない。とても話しにくいことなんだ。だって僕たちは今日という日もここにいて、元気なのに、素晴らしく優秀で若く才能にあふれた人がここにいないんだから」

バルテリ・ボッタス

「火曜日はとてもつらかった。皆に愛される、本当にナイスガイだったから、ものすごくつらい。F3で彼のチームメイトになる前からよく知っていたんだ。でも、人生は続いてく。今、僕たちはここでまたレースをする。今の僕にとって一番の場所はヘルメットをかぶったマシンの中。その時ばかりはドライビング以外のことを考えないから。ドライビング以外のことを考えなくて済むから、僕は今、その時を心待ちにしている」

フェリペ・マッサ

「最高の友達だった。僕が彼に会った頃、彼はまだカートで戦っていたんだ。マネジャーが同じだからね。ニコラス(トッド/マッサとビアンキのマネジャー)がジュールと働き始めた時、彼はまだカートのキャリア終盤に差し掛かった頃で、その当時に僕は彼と出会った。僕から見れば最高で本当に素晴らしく、控えめで優秀なドライバーだった。残念ながら、彼はF1でコンペティティブなマシンに乗るチャンスに恵まれず、才能を発揮しきれていない。だけど、それでも彼は、皆も知っての通りの、ああいうマシンをドライブしてモナコでポイントフィニッシュを果たしたんだ。あのレースで彼が成し遂げたことはただただすごい。僕が彼と過ごした中では、一緒にカートを楽しんだことが多く挙げられる。ブラジルでも乗ったんだ。僕の経験上、僕が見た中で彼は一番のカートドライバーだ。彼のカートのドライビングはすさまじい。同じようなカートで競い合った機会だったと思う。こんなことになるなんて。教会では本当につらかった。何が起きたのか理解するのも難しいし、本当に悲しくて。でも、きっと今の彼は絶好の場所でレースを見て楽しんで、ここでの僕たちのことだって必ずどこかから見ているはずだ。どこかと聞かれるとそれは分からないけれど、でも、彼は本当に素晴らしい人だったし、最高のドライバーだった。彼のご家族に最善の状態が訪れるよう心から願っている。(葬儀の)日は本当につらかった」

ロベルト・メルヒ

「彼はいつだってお手本になるドライバーだった。常に最速で、本当にたくさんの偉業を成し遂げてきた。僕がフォーミュラ・ルノーに乗っていた2007年は彼もフォーミュラ・ルノーで戦っていたから、何レースか一緒に戦ったことがあるけど、彼はその時もあっという間に勝っちゃった。参戦一年目なのにさ。本当にすごいなと思った。僕がモータースポーツで出会った中で、一番の才能を持ったドライバーだったと思っている」

セルジオ・ペレス

「僕たち2人ともフェラーリ・アカデミーにいた頃は最近よりもっと多くの時間を一緒に過ごしていた。ジュールが本当に特別なドライバーだってことは分かると思うけど、誰からも愛される本当にスペシャルな人でもあった。とても謙虚で思いやりがある。彼がこの世界に残した衝撃はとてつもない。たぶんきっと誰しもが同じ意見だと思うよ。彼がF1で過ごした短期間では本来の力を発揮できるチャンスがなかったけれど、僕は彼が本当に特別なドライバーだったと思っている。将来のチャンピオン候補だっただろうね。とにかく、とてつもなく特別なドライバーだった」

ニコ・ヒュルケンベルグ

「彼と僕は過去2回、チームメイトだったことがある。2008年のF3と2012年のF1だ(ビアンキはフォース・インディアのテストドライバー)。F3に参戦して2年目の2008年、僕はチャンピオンシップの優勝候補だと見られていて、ルーキーの彼は1年目だった。ムジェロのレースのことはよく覚えている。僕がポールからスタートして、確か彼は2番手か3番手だったかな。スタート後は僕がトップで彼が2番手にいた。ずっとミラーに彼の姿があって、本当に厳しくプッシュしてくる。本気で僕に襲いかかってくるし、追い抜こうともしてくるんだ。彼はそれでタイヤを傷めちゃったけど、僕は温存していた。でも、彼の競争力の高さが証明されたレースだったと思うし、成功に貪欲だった。コース外でも本当に良い奴でさ。おもしろくて、たくさんの素晴らしい思い出がある。寂しくなるね」

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