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訃報に打ちひしがれるF1界

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2015年7月18日 « ビアンキが永眠、享年25 | マノー・マルシャが声明を発表 »
© Sutton Images
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昨年の日本GP中の事故で重い頭部外傷を負い、闘いを続けてたフランス人F1ドライバーのジュール・ビアンキが17日(金)の夜に死去したことが伝えられた。

ビアンキは2013年と2014年シーズンに34戦に出場した。昨年のモナコGPでは9位フィニッシュを果たし、当時はマルシャと呼ばれていた現在のマノーチームに初めてのチャンピオンシップポイントをもたらす快挙を成し遂げた。

訃報を受けてマノーは次のようにツイッター上で述べている。「これほど厳しい戦いの末にジュールを失い、われわれは打ちのめされている。このチームで彼がレースをしてくれたことはとても光栄だった」

F1レース中のドライバーの死亡事故は、1994年のサンマリノGPで3度のワールドチャンピオン、アイルトン・セナが亡くなって以来となる。

ビアンキの事故はレース終盤に起こった。夕暮れの迫る雨のコンディションで、コースを外れたビアンキのマシンは、1周前に同じ場所でクラッシュしていた別のマシンを回収していた重機に激突した。

事故の起きた箇所では最初のクラッシュによってダブルイエローの旗が振られていたが、2つ目の事故を防ぐことはできなかった。

その後、スポーツ統括団体であるFIAの専門調査委員会が事故の調査を行い、ビアンキはコースオフしてランオフエリアに飛び込んだ際に、"両足でスロットルとブレーキを同時に使用"していたため、フェイルセーフメカニズムが無効化されたとの報告書を発表した。また、彼の前輪もロックしていたという。

報告書にはさらに、ビアンキが"コントロール不能に陥ることを防ぐ十分な減速をしなかった"とも記されている。

調査委員会の報告を受けてF1はルールを改訂し、"バーチャルセーフティカー"という新たなシステムによってスチュワードがレースを中和できるように対策を行った。

また、薄暗い中でレースが行われるのを防ぐために、一部のレースで開始時刻が繰り上げられた。

死去のニュースが流れたのは欧州の深夜だったが、ファンや関係者はソーシャルメディアを通じてすぐに追悼のコメントを投稿し始めた。

元F1チャンピオンで偉大なレーシングドライバーであるマリオ・アンドレッティは次のようにコメントを送った。「若く有望な一つの命が終わりを告げるというとても悲しい出来事があった。ジュール・ビアンキのご家族に心からお悔やみを申し上げたい。私の祈りはあなた方とともにある」

ビアンキの家族が事故で大切な人を亡くしたのはこれが初めてではない。1969年にビアンキの大叔父、ルシアン・ビアンキがル・マンのレーストラックでテスト中にマシンを電柱に衝突させて亡くなっている。有名な24時間レースでの勝利から1年後のことだった。

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