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空約束の繰り返しに飽きたアロンソ

M.S.
2014年12月23日 « 若年でのF1デビューは「侮辱」だとビルヌーブ | トリッキーな2015年を覚悟するフェラーリ »
フェラーリに別れを告げたアロンソ © Getty Images
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フェルナンド・アロンソはフェラーリ離脱を実質的に1年以上前に決めていた。

そう話すのはアロンソの輝かしいキャリアのマネジメントにおいて先導的な役割を担ってきたフラビオ・ブリアトーレだ。

5年を真紅のマシンで過ごしたアロンソは2015年に新たなHondaワークス時代を迎えるマクラーレンに戻ることを決めた。

しかし、ブリアトーレはイタリア『La Gazzetta dello Sport(ラ・ガゼッタ・デロ・スポルト)』紙に、アロンソがフェラーリ離脱を基本的に決断したのは2013年のことだったと明かしている。

「それはモンテゼモーロと交わした紳士協定だった。もし(2014年の)マシンのできがそれほどでなければ、そこでアディオスだ。必要なのは握手だけだった。フェルナンドは"見ていてくれ、次は勝てるマシンになる"の繰り返しに飽きたのさ」

ガゼッタ紙はまた、アロンソとブリアトーレが2014年以降にV8フォーミュラからターボV6へ移行する動きに対して拒否権を行使するようフェラーリに迫っていたとほのめかす。

「2013年の問題は明らかに空力だった。エンジンについては(フェラーリは)競争の最中にいた。したがって、エンジンには"向こう見ずの暴挙"があったのだ」

「彼(アロンソ)はテクニカルスタッフの補充が効果的ではないとも感じていた。フェラーリはナンバー1を求めるべきであって、ナンバー25ではないとね!」

マクラーレンとは2007年に険悪な形で別れていたアロンソだが、ブリアトーレは「時はすべてを癒す」と述べている。

一方で昨年にはアロンソとメルセデスの間に交渉があったとのうわさがあるが、ブリアトーレによれば"真剣な交渉は一度もなかった"とのことだ。

また、アロンソはHondaによってマクラーレンのプロジェクトに保証されるリソースに惹かれていたとブリアトーレは述べ、アロンソがチームメイトにジェンソン・バトンを要求したとの見方を否定している。

「それはスポンサーシップに関連する内部の問題だった。とは言え、彼(バトン)はいいやつで、スマートでクレバーなので、われわれは満足している。彼はすでに私のチーム(ルノー)でフェルナンドと一緒に働いた経験がある」

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