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  • 並外れた才能を持つと言われたトミー・バーン

特集:暴発必至のキャノン砲

Laurence Edmondson / Me 2010年5月5日
1980年代のアイルランドで並外れた才能の持ち主とうたわれたトミー・バーン © Sutton Images
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トミー・バーンという名をご存じだろうか。2008年に赤裸々な自叙伝を発売してF1ファンの間で話題となった元ドライバーだ。だが、世間の注目を集めるのが25年ほど遅すぎたといえる。

バーンのことをよく知らないという方のために説明すると、ルイス・ハミルトンとは対極にいるタイプだ。それは彼が遅かったという意味ではない。いや、むしろ全盛期であったら、もっと速かった可能性さえあるが、そのキャラクターはといえば、スポンサー受けが良く、表面上そつのない対応ができる現代のF1ドライバーとは正反対だ。それでも、ハミルトンとの共通点はある。彼をF1で大ブレークに導いたのがマクラーレンだったという点だ。だたし、残念ながらバーンの場合、成功を伴ったわけではない。

わずか5年ほどの期間で、バーンはミニ・クーパーからアイリッシュ・ストックカー、そしてF1へと階段を駆け上がっていった。彼は率直に"ダンドークからの流れ者"であった自分にとって、F1のパドックはちょっとしたカルチャーショックだったと認めている。だが、イギリス・フォーミュラ・フォードとイギリスF3でタイトルを獲得し、アイルトン・セナにもライバルと認められた彼にとってF1はふさわしい場所だった。

しかし、不幸にも1982年に彼がF1デビューしたチームは、資金不足で遅いマシンのセオドールだった。バーンの名誉のために言っておくと、彼はそのマシンで2度予選を通過している。しかし、そのけた外れの才能はほとんど気付かれることなく、チームとはマネジメントをめぐり、ラスベガスで開かれたアメリカGPでケンカ別れ。それでも、バーンにとってセオドールでのドライブはただのウオームアップに過ぎず、最大のチャンスはシルバーストーンでのマクラーレンのテストだと認識していた。(スポンサーのマールボロとの関係で)契約によりテストが保証されていたのだ。

テスト当日、彼はティエリー・ブーツェンとタイムを競うことになり、同じ週には多くの有望新人ドライバーが試されることになっていた。先に出ていったのはブーツェン。彼はアンダーステアに不満を訴えながら、1分10秒9のタイムをマークして戻ってきた。十分に速いタイムであり、今度はバーン用にマシンが準備される。これが彼のキャリアの決定的瞬間になることは本人も自覚していた。

マクラーレンでのテスト前、バーンはセオドール・チームからレースに参加したが、いずれも不本意な結果に終わった © Sutton Images
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「セオドールのクソッタレどもに、ヤツらの間違いを思い知らせてやりたかったのさ」と振り返るバーン。「でも、ブーツェンがアンダーステアを訴えていて、彼の速さは僕も認めていた。ところが、クルマに乗り込んだら、その心配は完全に消え去ったよ。確かに、若干アンダーステアだったけど、少しだけ早くブレーキングして、少し早くターンインし、少し早くスロットルを開けるだけで良かった。結果、アンダーステアなんて消えていた! クルマは信じられないくらい良かった」

彼のベストタイム、1分10秒1というのも信じられないくらい良いタイムだ。直接比較はできないものの、これは当時のマクラーレンにとって、シルバーストーンでの最速タイムであり、ニキ・ラウダとジョン・ワトソンが同年のイギリスGP出した予選タイムをも上回っていた。さらにいうなら、バーンはテストのラスト3周をすべて1分10秒1という同一タイムでそろえている。経験の浅いドライバーとしては驚きの安定感であり、この後の展開に期待するのも無理はない。

確かに、これには別のストーリーが用意されていた――おそらく、皆さんの期待には反するものだろうが。マクラーレンはバーンに対し、完全に公平な対応をしていなかったことが明らかになっている。当時のメカニックの1人、トニー・ヴァンデュンゲンが後に暴露した。

「私の記憶によれば、トミーにはフルスロットルで走らせないようにという指示が出されていた――他のドライバーにはなく、トミーだけに。決してトミーに悪意があったわけではないと信じている。彼と、マシンを守るためだったに違いない。マシンはショー用ではなく、実際のレースカーで、チームの一流マシンの1台だった。ダメージがあっては困るんだ。でも、そんなことに関係なく彼は速くて、私たちは笑いながら話したものだよ。本来ならどれだけ速かったんだろうってね」

だが、それではあのラップタイムはどういうことなのだろう? まさか、フルスロットルではないのに、バーンはあれほどのタイムを出したというのか。テストの目撃者であり、ストップウオッチを持っていたトミーの友人の1人、ジョン・アプリチャードはマクラーレン側とはまた別のストーリーを語る。

「私も彼のタイムを計っていて、バーンは彼らが示したタイムより、1秒も速かった」と証言するアプリチャード。「私はチームに詰め寄り、なぜ正確なタイムを出さないのかと問い詰めた。彼は最後には1分9秒台に突入していたよ。私が測った彼のラスト3周は、1分9秒9、1分9秒7、1分9秒6というものだったんだ」

マクラーレン側はなぜ、バーンの本当のタイムを示さなかったのか、その理由を決して明かそうとはしなかったが、それよりさらに大きな謎は、なぜ彼にドライブをオファーしなかったのかということだ。しばしばこの質問を投げかけられるロン・デニス。バーンの自伝発売後はさらにその機会が増えたが、彼はいつも紋切り型の答えを繰り返すだけだ。

「彼のレースを見た者は皆、彼の才能、とりわけ純粋なマシンコントロールにおいて、頂点を極めることができる天性の才能を持っていたことを認めるだろう。しかし、彼にはそれ以外に必要なものが欠けていた――真に偉大なドライバーには不可欠な確固たる決意、ぶれない集中力、そして上を見据える野心だ。確かに彼は速かった――トップレーシングドライバーらしい、それ以外の要素も持ち合わせていれば、本当の偉人になれただろうし、マクラーレンでそれを達成してくれたら私は大いに喜んだだろう。だが、悲しいことにそうではなかった」

バーンにそれら別の"要素"があったかどうかにかかわらず――また、そう信じる者も数多くいるのは事実――彼よりモチベーションの低いドライバーがトップチームで走った例はいくらでも思いつく。マクラーレンとて例外ではない――すぐに思い浮かぶのはマイケル・アンドレッティだ。しかし、F1にはびこる不公平なシステムによって、バーンの才能と個性はスポーツから失われてしまった。今年も新たなシーズンが始まり、3、4人のペイドライバーがいて、際立った個性を持つドライバーが非常に少なくなった今となってはそれが悔やまれてならない。

【トミー・バーンとマーク・ヒューズ著『Crashed and Byrned』より許可を得て引用】

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Laurence Edmondson is an assistant editor on ESPNF1

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Laurence Edmondson is deputy editor of ESPNF1 Laurence Edmondson grew up on a Sunday afternoon diet of Ayrton Senna and Nigel Mansell and first stepped in the paddock as a Bridgestone competition finalist in 2005. He worked for ITV-F1 after graduating from university and has been ESPNF1's deputy editor since 2010