- クラシックカーの守護者
クライブ・チャップマン独占インタビュー
今シーズン、F1のグリッドにロータスの名前が復活しますが、その背後には数10年にも及ぶレースの歴史が横たわっているのです。『ESPNF1』はチームのヒストリックカーを手入れし、今もコースで走らせているクライブ・チャップマンにお会いしました。彼はレース界で由緒ある家柄の出で――ロータス創設者コリン・チャップマンのご子息です。
Q: クラシック・チーム・ロータスはどのような会社なのですか?
クライブ・チャップマン: 1990年代の初期に設立した会社で、オリジナルのチーム・ロータス・マシンの多くを手入れしている。元々のチームメカニックたちが大勢おり、仕事を学ぶために加わった若いメカニックたちと一緒に働いている。レストレーションとレース準備がビジネスの大部分だ。会社は大きなトランスポーターを所有しており、ヨーロッパ中のヒストリックイベントにマシンを運び、そこでは今でも昔のマシンが全開でレースをしているんだよ。
Q: 何台ぐらいのマシンを管理しているのですか?
チャップマン: レースで走らせるカスタマーカーが12台ほどかな。われわれのカスタマーは世界中にいる熱心なファンで、彼らは2年ごとに開催されるグッドウッドやクラシック・ル・マンのようなイベントに参加するのが好きなんだ。ほとんどのレースは欧州内だが、アメリカやオーストラリアでも多くのミーティングが開催されている。日本でも人気があり、年に5、6回はクラシックカーでレースをするためにやってくるオーナーがいるよ。
Q: 管理するマシンはすべてレース用なのですか?
チャップマン: いいや、リストアも行っている。現在はジム・クラークが1965年にインディアナポリスで優勝したマシンをリストアしている最中だよ。そのレースでしか走っていないマシンだ。ジミーがエンジンを切ってからずっとヘンリー・フォード博物館に展示されていた。それを手入れできるんだから本当に名誉なことだよ。それから、1967年のザントフォールトのマシンも預かっている。コスワースDFVエンジンで初めて優勝したマシンだ。
夜、作業場のドアをロックして帰る時に、"明日の朝、戻ってきた時に何も無くなっていませんように"って祈ることが時々ある。われわれに託されたマシンのコレクションはそれほど素晴らしいものだ。カスタマーカーだけでなく、われわれが所有しているコレクションも24台ほどある。万が一、暇な時間ができたとしても、こちらの手入れがあるので仕事には困らない。
Q: ロータスのクラシックマシンを集めた博物館を作る計画はないのでしょうか?
チャップマン: それは今、ロータス・カーズと考えているところなんだ。ぜひとも欲しいと考えているんだけれどね。近い将来実現できることを願うよ。
Q: お父様とのレースの思い出はありますか?
チャップマン: 1970年代終盤以降はたくさんのレースに行ったね――当時はグラウンドエフェクトの時代だった。マリオ・アンドレッティ、ロニー・ピーターソン、それから、エリオ・デ・アンジェリスやアイルトン・セナといったドライバーをよく覚えているよ。少年だった私にとってはエキサイティングだったね。あの頃は父と素晴らしい冒険をした。だからこそ、今こうしたマシンとともに、彼と働いていたメカニックたちと一緒に仕事できることがうれしいんだ。
Q: 今年、ロータスの名前がグリッドに復活することについてはどうお考えですか?
チャップマン: 彼らの活動をとても興味深く見守っているよ。素晴らしい挑戦だ。マイク・ガスコインという人物は仕事に妥協を許さないタイプのようだし、経歴も立派だ。彼らはちゃんとやり遂げると思うよ。ロータスと関係があるすべての人たちと同じように、われわれも彼らを応援している。
Q: お父様が生きていらしたら、チームのことをなんとおっしゃるでしょうね。
チャップマン: 父のことは分からないけれど、母は彼らが勝つようになったら応援すると言っていたよ。グッドウッドでトニー・フェルナンデス(ロータスF1チーム代表)がゲストだった時に会ったんだが、彼の知識と歴史の詳しさにはとても感動した。私の父の業績をとても尊敬してくれているんだ。これ以上は望みようがないほどさ。
Q: 最もお気に入りのマシンを1つ選ぶとしたらどれですか?
チャップマン: ロータス・タイプ72は偉大なマシンだった。私が8歳だった1970年のマシンだ。友達でこのミニカーを持っていない子はいなかったよ。うれしかったね。それから、マリオ・アンドレッティが1978年にタイトルを取ったロータス・タイプ79も大好きなマシンだ。
Q: ロータス・タイプ79のどんなところが特別だったのですか?
チャップマン: 1978年のF1を完全に支配したマシンで、他車より1周2秒も速かったんだよ。速過ぎてきまりが悪いものだから、ドライバーは予選で手加減したほどだった。マリオとロニー(ピーターソン)は当時チームメイトとして素晴らしい関係だったが、今のドライバーにはそういう関係がないね。あのシーズンは本当にたくさんのレースに勝ったし、もちろんワールドチャンピオンシップにも勝利した。それに、見た目も最高に良かった。ブラック・ビューティーと呼ばれ、もっとも美しいF1マシンに何度も選ばれている。
Q: なぜ、それほどの成功を収めたのでしょう?
チャップマン: グラウンドエフェクトを本当に効果的に使った初めてのマシンだったんだ。最初の試みはタイプ78(前年のマシン)だったが、79の方がずっと洗練されていた。フロア下のエアロダイナミクスでマシンの下の空気の流れを使ってダウンフォースを発生させたんだ。
Q: 1978年に走ったマシンであるのに、タイプ79と呼ばれるのはなぜですか?
チャップマン: 実は、人々を混乱させるためなんだよ。実際にタイプ79は1979年にも走っている――その年はスポンサーが変わったためグリーンだったけれどね。当時は、毎年完全に新しいマシンというわけではなかったんだ。ロータスのタイプナンバーは1948年のMk1から続いて、1978年頃は年とずれることもあった。今もまたナンバーが先行していて、耐久用の新車はタイプ124だ。
Q: ご自身でマシンをドライブされることはあるのですか?
チャップマン: 唯一乗ったことがあるのはタイプ79だ――ヘセルでテレビゲームの録音をしていた時にテストコースで走った。スタンディングスタートを6回もしなければならなくて、一度もストールさせなかったんだ。それなのに、メカニックたちが誰も褒めてくれなかったのには本当にがっかりしたよ。ところが、最近クルマを走らせる時に彼らが記録しているテストのログを見たんだ。マリオのチーフメカニックだったエディ・デニスは今うちで働いてくれているんだが、彼が一番下に"ドライバーはまずまず"と書いていたのを発見した。
3年ほどケータハムでレースをしたことはあるんだけど、私の場合はいつもボートだった。父が私を車から遠ざけたがったから、私はパワーボートでジュニア国際チャンピオンになった。自分のマシンたちをいつかドライブできたらうれしいけど、グッドウッドのようなイベントでは、カスタマーを招待して乗ってもらうことが多いんだ。
