1912年フランスGP © Getty Images

1901: 初めて"グランプリ"の呼称を用いたレースがフランスで行われる。

1904: 自動車団体とユーザーの利益を代表する組織である国際自動車連盟(FIA)が設立される。

1933: モナコGPにて、スターティンググリッドが初めて予選タイムで決定される。

1935-39: ドライバーズ選手権を設立すべく話し合いが重ねられたが、第2次世界大戦の開戦によってこの計画は棚上げされた。

1946: フォーミュラ1の規格が認定される。

1947: ドライバーズ選手権の形式がまとまる。最初のチャンピオンシップレースが行われるまでさらに3年を要するが、F1レギュレーションの下でのレースはこの年から始まった。

1950: 5月13日、シルバーストーンにて開催されたイギリスGPでドライバーズ選手権が幕を開ける。世界選手権は7戦で行われた。初の公式F1レースはイギリスGPの1か月前にポー(フランス)で行われたが、このレースは選手権に組み込まれていなった。

1952: 参戦可能なF1規格のマシンが少なかったため、この年のチャンピオンシップはフォーミュラ2の規格で行われる。この状況は1953年も続いた。

1954: エンジンを2.5リッターに制限する新しいレギュレーションにより、世界選手権は再びF1規格の下で行われるようになった。

1958: コンストラクターズチャンピオンシップが開始。アフリカ初のGPがモロッコで開催される。

1958: レース中のマシン共有(乗り替わり)が禁じられる。

1958: アルコール燃料に代わってのガソリン導入を含むレギュレーション改定。また、500km、もしくは3時間と定められていたレース距離が300kmもしくは2時間に改められる。

1958: スターリング・モスがミッドシップエンジンのマシンで開幕戦を制す。その後2年の内にこのレイアウトが主流となった。

1961: エンジンの制限が1.5リッターに。

1962: ロータスが革新的なデザインを取り入れる。それまでのフレームデザインに代わって登場したアルミニウム製モノコック構造は、最も重要な技術革新の一つとして広まっていった。

1966: エンジンの制限が3リッターに。

1967: ドイツGPで初めてF1レースがカラー放映される。

1968: ロータスが『Imperial Tobacco(インペリアル・タバコ)』のロゴをマシンに掲示し、スポンサーシップ時代が到来。

1970: ヨッヘン・リントがイタリアGP予選で事故死、後にこの年のチャンピオンに。死後の戴冠はこれが唯一のケース。

1973: カナダGPで初めてペースカーが導入される。

1976: 日本にてアジア初のグランプリが開催される。ティレルが6輪のマシンを取り入れる。

1977: ルノーが周囲に先駆けてターボエンジンを搭載。この方式は1989年に禁止される。

1978: バーニー・エクレストンがフォーミュラ・ワン・コンストラクターズ・アソシエーション(FOCA)の会長に就任。また、レーススタート時、隊列の後方にメディカルカーが配置され、スタート時のアクシデントに素早く対応できるようになる。初登場時、メディカルカーは縁石に接触し宙を舞った。

1979: レースの運営組織としてFISA(国際自動車スポーツ連盟)が設立。

1982: ロータスが新しいアクティブサスペンションのシステムを取り入れ、電気的なドライバー補助装置の発展が始まる。また、南アフリカGPを前にドライバーライセンス制度の導入に抵抗するドライバーストライキが敢行された。

1983: 最後の非選手権F1レースが開催される。

1984: オーストラリアGPが初のターボエンジンのみのレースとして行われる。

1985: オーストラリアでオセアニア初の世界選手権が開かれる。

1990: アデレード(オーストラリア)で500回目のグランプリが行われる。

1992: イギリスGPでセーフティカーが初登場。

1994: アイルトン・セナがサン-マリノGPで事故死。ローランド・ラッツェンバーガーが予選のアクシデントで亡くなった翌日のことだった。この悲劇によって安全基準の向上が図られ、以来ドライバーが走行中に亡くなる事故は起こっていない。

1998: レギュレーションの変更により車体の幅が狭められ溝付きタイヤが導入される。

2002: レース結果が明らかに操作されるような出来事が複数回起こったことから、1950年以来続いてきたチームオーダーが禁止となる。

2008: チームの権益を代表するフォーミュラ・ワン・チームズ・アソシエーション(FOTA)が設立される。