1999年までマレーシアがF1カレンダーに名を連ねることはなかったが、FIA承認のレースは1960年代から同国で開催されている。レースはもともとマレーシア連邦の一部だったシンガポールで行われ、後に舞台をシャー・アラム・サーキットへと移す。

今日知られるマレーシアGPはテクニカルなコースとして人気の高いセパン・インターナショナル・サーキットが開催地。しかしながら、ほとんどの場合、ドラマの鍵を握るのは転向である。暑く湿度の高い環境で、スコールに見舞われることが多々ある。

1999年の初グランプリは、その年の前半戦イギリスGPで脚を骨折したミハエル・シューマッハの復帰戦にあたり、フェラーリをポールポジションへと導き、レースは2位でフィニッシュした。優勝したのはチームメイトだったエディ・アーバインだ。アーバインにとってこれがF1で最後の勝利となった。

豪雨に見舞われた2001年、当時フェラーリを駆ったシューマッハとルーベンス・バリチェロの2人が同じコーナーでスピンアウトを喫するも、凄まじいスピードを持つ2人が見事な1-2フィニッシュを達成している。

2008年、同サーキットのマネジメントが2009年のナイトレース化への情熱を明かしたものの、計画は棚上げになる。結局、開催時刻は夕方に移行された。しかしながら、この改変が裏目にでる。降雨の影響から2009年のレースは途中で打ち止めされた。雨脚は弱まっていたものの、日没時刻が近づいていたため、明るさが足りずに再スタートできなかったのだ。グランプリ・ドライバーズ・アソシエーション(GPDA)の役員を務めるマーク・ウェバーは「19時の暗さだから、リスタートをしないと決めたのは正しい判断だった」と語っている。

31周での終了はレース距離75%以下にあたるため、ハーフポイントレースとして成立。上位8台に通常の半分のポイントが与えられた。2010年以降は同様の問題を避けるため、2009年シーズンより1時間早いスタートとなっている。