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ドライバー

/ フランソワ・セベール

フランソワ・セベール  フランス

  • 氏名 アルベール・フランソワ・セベール
  • 生年月日 1944年2月25日
  • 出身地 フランス・パリ
  • 没年月日 1973年10月6日 (29歳223日)
  • 死亡場所 アメリカ合衆国・ニューヨーク州ディックス
  • 関係 義兄 - J.P.M.G.ベルトワーズ
  • チーム March, Tyrrell
driver portrait
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
1970 March 9 9 0 0 5 6 0 0 4 0 0 1 22
1971 Tyrrell 11 11 1 4 7 1 0 1 3 1 0 26 3
1972 Tyrrell 12 12 0 2 6 2 0 0 4 0 0 15 6
1973 Tyrrell 15 14 0 7 11 2 0 2 2 1 0 47 4
Total 47 46 1 13 29 1 0 3 2 2 0 89
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 オランダGP ザントフォルト 1970年6月21日 レース結果
ラストレース アメリカGP ワトキンズグレン 1973年10月7日 レース結果
プロフィール

1973年に開催されたアメリカGPで、過酷な運命により生命の火を奪われた一人のフランス人ドライバーがいる。ジャッキー・スチュワートに代わってティレリのチームリーダーとなり、初のフランス人王者となることが約束されていたフランソワ・セベールだ。1968年にフランスF3チャンピオンに輝いたセベールはF2チームのテクノに加入し、1969年シリーズを3位で終える。才能あふれるセベールをF1に取り立てたのがティレルだ。スチュワートの監督下でドライバーとして成長し続けたセベールは1971年に2度の2位を経て、シーズン最終戦でついに優勝を成し遂げる。栄光をつかんだその場所は後に彼が命を落とすワトキンズグレンだった。1971年はスチュワートとフェラーリのジャッキー・イクスに次ぐランキング3位につけたものの、1972年はそれほどの成果を残せず、再び2回の2位を記録しただけだったが、ル・マン24時間で2位フィニッシュを達成。1973年は2位を6回記録しており、うち3回がスチュワートとの1-2だ。そして同年、ニューヨーク州北西部のワトキンズグレンでセベールは宿命の日を迎える。予選の終盤にマシンコントロールを乱したセベールはバリアに激突し、すさまじい衝撃により即死した。享年29。

『Carlton Books(カールトン・ブックス)』刊:
"The Ultimate Encyclopedia of Formula One(ザ・アルティメイト・エンサイクロペディア・オブ・フォーミュラ・ワン)"より

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最新画像

2013年5月22日

ベルヌのモナコ特別仕様ヘルメット

2013年5月22日

ベルヌのモナコ特別仕様ヘルメット

1973年10月7日

セベールに捧げられた祈り

     

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