トニー・フェルナンデス  マレーシア

  • 氏名 トニー・フランシス・フェルナンデス
  • 生年月日 1964年4月30日
  • 出身地 マレーシア・クアラルンプール
  • 年齢 50歳176日
  • チーム ロータス
  • その他 チームオーナー, チーム代表
driver portrait
プロフィール

16年のブランクを経てF1にロータスの名前を復活させた人物、それがトニー・フェルナンデスだ。ビジネスの手腕は広く認められている彼だが、その魔法がF1でも通用するかどうかはまだ分からない。

フェルナンデスは『AirAsia(エアアジア)』のCEOとして、破産寸前の政府系航空会社をわずか8年で立て直し、世界有数規模のエアラインに成長させた。当時はボーイング737を2機所有するのみで、1,100万ドルに相当する負債を抱えていた会社を1リンギット(約30円)の破格値で買収。取引が9.11事件の直後で、航空産業が大打撃を受けていた時期だったため、正気ではないと彼を評する者もいた。しかしフェルナンデスは異なる見方をしており、航空機のリース価格低下や一時解雇されたスタッフに着目し、投資。アイルランドの格安航空会社『Ryanair(ライアンエアー)』をビジネスモデルとして急速に力をつけた『AirAsia(エアアジア)』は、今や84機の航空機を運行して利益を上げている。

F1チームの代表となって数カ月、彼はある発言で有名人になった。かつてリチャード・ブランソン卿の下、『Virgin Atlantic(ヴァージン・アトランティック航空)』で働いていたフェルナンデスは、デビューシーズンでヴァージン・レーシングに勝てなければ"引退して自害する"と発言。ブランソンの方も、負けたチームの代表が相手の航空会社の女性客室乗務員の制服を着用し、実際のフライトでサービスすることを賭けようと言い出す。フェルナンデスもこれに乗り、新チーム中最高位の12位フィニッシュを果たしたロータスの勝利が決まった最終戦では上機嫌だった。

有能なテクニカルディレクター、マイク・ガスコインを招き入れたことや、勝利経験者のヤルノ・トゥルーリとヘイキ・コバライネンをドライバーに選んだことで尊敬を集めた。2010年にロータスはグリッド上の新規チームの中で最もプロフェッショナルであるとの評価を受け、2011年はルノー・エンジンとレッドブル製ギアボックスを手に入れた。

しかしながら、この年はコース上での戦いよりもチーム名称をめぐるグループ・ロータスとのいさかいの方に注目が集まる。この件はフェルナンデスが"チーム・ロータス"の名を放棄したことでようやく決着がついた。フェルナンデスはチームの名称を自らが新たに獲得した"ケータハム"ブランドに改め、オックスフォードシャー・リーフィールドの新しい本拠地から前進していくことを狙う。

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2013年5月13日

エアアジアでドリンクをサービスするリチャード・ブランソン

2013年5月13日

エアアジアの客室乗務員に扮したブランソンを持ち上げるフェルナンデス

2013年5月13日

フェルナンデスの上にドリンクをこぼしたブランソン

     

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