エステバン・グティエレス  メキシコ

  • 氏名 エステバン・グティエレス
  • 生年月日 1991年8月5日
  • 出身地 メキシコ・モンテレイ
  • 年齢 23歳46日
  • 現所属チーム ザウバー
  • 過去の在籍チーム Lotus ART
driver portrait
2014年の世界選手権
# Grand Prix Circuit Date Car Pos Pts Qual FL
1 オーストラリア アルバート・パーク 3月16日 ザウバー (C33) 12 20
2 マレーシア セパン 3月30日 ザウバー (C33) - 12
3 バーレーン サヒール 4月6日 ザウバー (C33) - 15
4 中国 上海 4月20日 ザウバー (C33) 16 17
5 スペイン カタロニア 5月11日 ザウバー (C33) 16 13
6 モナコ モナコ 5月25日 ザウバー (C33) - 17
7 カナダ モントリオール 6月8日 ザウバー (C33) 14 22
8 オーストリア シュピールベルク 6月22日 ザウバー (C33) 19 17
9 イギリス シルバーストーン 7月6日 ザウバー (C33) - 19
10 ドイツ ホッケンハイム 7月20日 ザウバー (C33) 14 16
11 ハンガリー ハンガロリンク 7月27日 ザウバー (C33) - 13
12 ベルギー スパ 8月24日 ザウバー (C33) 15 20
13 イタリア モンツァ 9月7日 ザウバー (C33) 20 15
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
2013 Sauber 19 19 0 0 16 7 0 0 8 1 0 6 16
2014 Sauber 13 13 0 0 8 12 0 0 12 0 0 0 -
Total 32 32 0 0 24 7 0 0 8 1 0 6
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 オーストラリアGP アルバート・パーク 2013年3月17日 レース結果
ラストレース イタリアGP モンツァ 2014年9月7日 レース結果
プロフィール
© Sutton Images

カルロス・スリム・ドミット率いるエスクデリア・テルメックスのメンバーとして、若くしてジュニアランクで急速に成長したエステバン・グティエレスは、確かな実績と共にF1にたどりついた。キャリア序盤に"選ばれし者"と呼ばれたグティエレスは2013年にザウバーのレースドライバーとして評判に応える機会を得ている。

グティエレスのキャリアは母国メキシコでカートシリーズのロータックス・マックスから始まり、あっという間に国内で一番の有望株として自らの存在を主張した。16歳でフォーミュラBMW USAに参戦し、翌年はフォーミュラBMWヨーロッパの王者に輝いている。

翌年には競争の激しいF3ユーロシリーズへと進み、最初の4ラウンドを逃しながらも総合9位の結果を残した。この年の終わりにはBMWザウバーの若手ドライバーテストに参加する。2010年はGP3で戦い、16戦中5勝を挙げて同シリーズの初代チャピオンとなった。再びザウバーでテストドライブの機会を得たグティレスは同チームのリザーブドライバーに就任。

2011年のレース週末はザウバーと密接に働く傍ら、ロータスARTのドライバーとしてGP2シリーズにも参戦し、バレンシアのレースで勝利をつかんだ。また、モントリオールのカナダGPではザウバーのレースドライバーだったセルジオ・ペレスの代役が必要となったものの、リザーブドライバーのグティエレスはメキシコにいたため、この役割は経験豊かなペドロ・デ・ラ・ロサの手に渡ってしまう。それでも、2011年もザウバーの若手ドライバーテストに参加し、2日間の作業を担当した。

2012年はGP2で3勝を挙げたが、冷静さを失う場面も多く、それが本格的なタイトル争いの妨げとなる。最終的にランキング3位で終えたグティエレスは『Telmex(テルメックス)』の支援を手に、2013年に先だってザウバーのレースドライバーに指名された。

スロースタートを切ったグティエレスのF1キャリアだったが、より円熟したドライバーへと成長する兆しは見せている。日本GPの7位がこの年唯一の得点だったとはいえ、テルメックスがザウバーとの契約を延長したことで2014年もシートを確保した。

【長所と短所】

速さがあるのは確かな反面、一貫したパフォーマンスを発揮できるかには疑問がもたれている。2012年はGP2でタイトルを追いながらも3位に終わったが、しばしば見られたコース上での性急な決断がタイトル獲得を阻んだことにほぼ間違いはない。

【キャリア最高の瞬間】

GP3シリーズで圧勝し、"選ばれし者"とのニックネームを確固たるものにしたこと。

【キャリア最低の瞬間】

2011年カナダGPで当時ザウバーのリザーブドライバーでありながらセルジオ・ペレスの代役を逃したこと。

【注目のコメント】

「F1の競争がいかにタフかは完全に分かっている。GP2では期待していたほどの一貫性を発揮できなかったけれど、その経験から学んだから僕は2012年をキャリアの中で最も実りのあるシーズンだとみなしている」"

「(F1に行くのは)僕の兄弟姉妹、そして特に両親に多くの尽力を必要とする家族のプロジェクトだった。僕のキャリアに対して最初に投資したのは父で、彼がいなければ僕はここにいなかっただろう」

【トリビア】

GP2で戦っていた2012年、グティエレスは悪運につながるとして髪を切るのを拒否していた。

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エステバン・グティエレス

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アスカリを走行するグティエレス

2014年8月22日

縁石に乗るグティエレス

     

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