ルーカス・ディ・グラッシ ブラジル
- 氏名 ルーカス・トゥッチ・ディ・グラッシ
- 生年月日 1984年8月11日
- 出身地 ブラジル・サンパウロ
- 年齢 28歳312日
- チーム ヴァージン
| Year | Car | Race | Start | Won | Pod | Class | Best | Pole | Front | Best | Lap | Hat | Pts | Pos | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2010 | Virgin | 19 | 18 | 0 | 0 | 9 | 14 | 0 | 0 | 20 | 0 | 0 | 0 | - | ||||
| Total | 19 | 18 | 0 | 0 | 9 | 14 | 0 | 0 | 20 | 0 | 0 | 0 |
| グランプリ | サーキット | 開催日 | ||
|---|---|---|---|---|
| デビュー戦 | バーレーンGP | サヒール | 2010年3月14日 | レース結果 |
| ラストレース | アブダビGP | ヤス・マリーナ | 2010年11月14日 | レース結果 |
これまでのレースキャリアでロバート・クビサ、セバスチャン・ベッテル、ティモ・グロック、ロマン・グロージャン、ブルーノ・セナらを撃破してきたルーカス・ディ・グラッシだが、F1のレースシートを手にしたのはライバルたちの方が先だった。
何年も前からF1昇格のうわさがあったディ・グラッシがそれをかなえられない最大の理由は、シングルシーターでチャンピオンシップを制覇した経験がないからだろう。しかし、適切なタイミングでトップチームに在籍し、安定したパフォーマンスを発揮してきたことは事実だ。
これまでのフォーミュラ活動でディ・グラッシが記録した最大の成功は、なんといっても2005年マカオGP制覇だろう。当時マノーに在籍していたディ・グラッシはクビサやベッテルを抑え、レースでもグロージャン、ブルーノ、中嶋一貴らをわずかな差で封じて勝利を手にしている。
これによりGP2昇格のチャンスを得たディ・グラッシだが、結局このカテゴリーには4年間も参戦することになった。ディ・グラッシが最高の成績を残したのは2007年で、ティモ・グロックに次ぐランキング2位でシーズンを終えている。しかし、最も印象的な走りをしたのは2008年。この年はシーズンも半ばを過ぎてから参戦を開始したのだが、ディ・グラッシの参戦以降、最も多くのポイントを獲得したのがディ・グラッシだった。
ルノーの若手ドライバー育成プログラム出身のディ・グラッシは2008年にレースシート獲得を目指したものの、最終的にネルソン・ピケJr.に敗れてしまう。2008年シーズンオフにはブルーノと共にHonda Racing F1のテストに参加し、チーム首脳からはルノーで培った経験を評価されるも、HondaがF1活動を終了したことで大きな影響を被った。チームはブラウンGPに変貌(へんぼう)を遂げたが、チーム代表のロス・ブラウンは若い才能であるディ・グラッシやブルーノよりも、経験豊富なルーベンス・バリチェロを選択。これにより、再びF1シート獲得の望みが断たれた。
そんなディ・グラッシがついにF1デビューのチャンスをつかむ。ジュニア時代に所属したマノー(ヴァージン・レーシングに改名)から2010年にF1デビューすることが決まったのだ。
【長所と短所】
GP2では表彰台の常連だったディ・グラッシだが、勝利を重ねることはできなかった。これこそ、タイトルを逸した最大の原因だ。
【キャリア最高の瞬間】
2005年のマカオGPで勝利。その後F1で大いに評価を受けるドライバーたちを封じ込んでの快挙だった。
【キャリア最低の瞬間】
バレンシアのリカルド・トロモ・サーキットで行われた2007年最終戦、タイトル決定戦となっていたそのレースでまさかのスピン。これによりタイトルはグロックに持っていかれ、翌年のF1昇格も泡と消えた。
【注目のコメント】
ルーカス・ディ・グラッシ
(当時チームメイトだったダニ・クロと、どちらがモテるのかとの質問に対する返答)
「絶対に僕さ。だけど、僕には彼女がいるからね。でも、もし僕に彼女がいなかったら、もっと成功を収められていたかもしれない」
「GP2はもう卒業。F1で仕事を手にするための大学のような場所だからね。F3のようなカテゴリーも重要だけど、GP2というシリーズは本当に大切なんだ。とても速いマシンが用意されていてF1に近いし、何よりF1グランプリ期間中に同じサーキットで戦えるんだから」
【トリビア】
2009年GP2シーズン中にゴルフを楽しんだディ・グラッシ。そこで初めて、尊敬するヒーローの1人、タイガー・ウッズと対面している。
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2012年8月22日 アウディのドライビングスーツをまとったディ・グラッシ © Audi |
2011年7月5日 トヨタTF105に乗り込みピレリタイヤをテストするディ・グラッシ © Pirelli |
2010年11月7日 観客に挨拶するブラジル人ドライバーたち © Getty Images |
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