ホセ・マリア・ロペス  アルゼンチン

  • 氏名 ホセ・マリア・ロペス
  • 生年月日 1983年4月26日
  • 出身地 アルゼンチン リオ・テルセロ
  • 年齢 31歳211日
  • チーム USF1
driver portrait
プロフィール

ホセ・マリア・ロペスのレース活動は、2つに分類できる。1つはシングルシーター(フォーミュラ)における活動、もう1つはツーリングカーにおける活動だ。

アルゼンチン出身のロペスはカートでキャリアを積んだ後、18歳でヨーロッパへ武者修行に出る。まずはイタリア・フォーミュラ・ルノーに参戦し、2年目のシーズンとなった2002年にはロバート・クビサを撃破して4勝を挙げた。ロペスは翌年にフォーミュラ・ルノーV6のタイトルを獲得し、成功を重ねる。しかしこれを最後に、シングルシーターカテゴリーにおけるチャンピオンシップは制覇できていない。

フォーミュラ・ルノーでの活躍により、ロペスはルノーからF1テストドライブのチャンスを得て、ルノーの若手ドライバー育成プログラム(RDD)のメンバーとなった。2004年12月にはルノーだけでなくミナルディも駆り、タイムは芳しくなかったものの、翌年にGP2のシートを確保。そのGP2ではスペインで行われた第2戦のスプリントレースで勝利、しかしシーズンを通じてミスも多く、信頼性の欠如にも悩まされてタイトル挑戦はできなかった。

2006年にはルノーから公式テストドライバー職をオファーされ、再びGP2で戦いながらシーズン中に7度のF1テストを経験する。2年目のGP2でもリタイアが多かったロペスは、シーズン終盤に資金が枯渇。ルノーからも、RDDのメンバーを外されてしまった。

ロペスは母国アルゼンチンへと戻り、2007年はTC2000ナショナル・ツーリングカー選手権に参戦する。2008年に同シリーズのタイトルを奪取し、今度はヨーロッパへと渡ってFIA GT選手権にフェラーリ550で挑戦した。

2010年シーズンからF1に新規参入する予定のUSF1入りが発表されている。

【長所と短所】

安定感が魅力のロペスだが、集団から一歩抜け出すような印象的なペースを刻むことには難がある。

【キャリア最高の瞬間】

ルノーで何度もF1テストを重ねたことは有利な点だ。2007年のレースシート獲得を目指したが、最終的にはヘイキ・コバライネンに敗れてしまった。

【キャリア最低の瞬間】

2006年のGP2で結果を残せず、失意のうちに母国アルゼンチンへと戻ってツーリングカー選手権に参戦した。

【注目のコメント】

ホセ・マリア・ロペス

「USF1は新しいチームで、ゼロからのスタートとなる。これは僕が経験した、ルノーという何年もの経験を有するチームとはまったく異なっている」

(初めて参加したルノーのF1テストにて)

「いろいろな思いを感じたんだ。もちろんハッピーだし、すこし感情的になった。だって、僕は夢をかなえたんだから」

【トリビア】

ロペスのニックネームである"ペチート"は直訳すると"小さなチェスト"という意味になる。

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