ジョン・ブース  イギリス

  • 氏名 ジョン・ブース
  • 生年月日 1954年12月18日
  • 出身地 イギリス・シェフィールド
  • 年齢 59歳258日
  • チーム ヴァージン
  • その他 チーム代表
driver portrait
プロフィール

ジョン・ブースは典型的な草の根レベルのモータースポーツ界の人物で、F1入りした際に「F1に行こうなどという野心を持ったことは一度もない。それはあまりにも手の届かないところだったからだ」と認めている。しかしながら、シェフィールドの肉屋の息子として生まれ、幼い頃から家業を継ぐことを定められていたブースは、後に20年にわたってジュニアカテゴリーで最も成功したチームの一つを率い、マルシャ(旧ヴァージン)代表としてF1を戦っている。

フォーミュラ・フォードのドライバーとしてキャリアをスタートさせたブースは、アイルトン・セナと共にフロントローに並んだこともある。しかしながら、ジュニアシリーズを越えた活躍をすることはなく、1990年にドライバーの仕事を退いてマノー・モータースポーツを設立した。チームはフォーミュラ・ルノーで1991年、1994年、1997年にタイトルを獲得し、1999年にはF3に参戦。

マノーは競争の激しいイギリスF3で参戦初年度にマーク・ハインズの手により優勝を飾る。以降はF1へ進むキミ・ライコネンやルイス・ハミルトンらがマノーのドライバーとしてさらなる成功を収めてきた。

2009年、ブースは新たなコスト削減案を見てニック・ワースのリサーチ会社と共にF1進出の意志を示す。マノーはカンポス、USF1、ロータスと共に2010年のチャンピオンシップに加わることとなった。

その後、マノーはヴァージンを株主に迎え、ブースはその資金を使ってマシンの開発とチーム設立の費用をワースに支払っている。しかし、すべてが順調に進んだわけではない。当初はヴァージンのアレックス・タイがチーム代表になるはずだったが、シーズン前に離脱し、ブースがその役を務めることになった。また、シーズン開幕後に燃料タンクがレース距離を走れるだけの大きさを備えていないことが発覚。チームメンバーらを赤面させたこの問題はそのうちに解決したものの、ヴァージンはコンストラクターズチャンピオンシップで最下位に終わった。

2010年の11月にはロシアのスポーツカーメーカーであるマルシャが、ロイズ銀行グループの所有していた株を引き継いで新たな株主となっている。この投資はチームにとって朗報だったが、2011年の期待をいっそう高めることにもなり、大きな進歩を遂げられなかったチームはワースを解雇した。

2012年にチームは"マルシャ"へ改称。マクラーレンとのつながりが前進への足がかりとなった一方、新車はプレシーズンテストに間に合わなかった。それでも何とか開幕戦の予選を通過し、以降のレースでケータハムと激しい戦いを繰り広げている。

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ジョン・ブース

     

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