ビジェイ・マルヤ  インド

  • 氏名 ビジェイ・マルヤ
  • 生年月日 1955年12月18日
  • 出身地 インド・カルナーカタ
  • 年齢 58歳341日
  • チーム フォース・インディア
  • その他 チームオーナー, チーム代表
driver portrait
プロフィール

"バンガロールのブランソン(*訳注 リチャード・ブランソン:ヴァージン・グループ会長で破天荒な富豪として知られる)"と異名を取る派手好きなインドの大富豪、ビジェイ・マルヤ博士が率いるフォース・インディア・チームは、2009年8月のベルギーGPでベテランドライバーのジャンカルロ・フィジケラが2位でフィニッシュ、初ポイントを獲得すると同時に初表彰台に上るという快挙を達成した。

初のインド人F1チーム代表であるマルヤのF1におけるキャリアは2007年にスタート。オランダの大物ミシェル・モルから8,800万ユーロでスパイカー・チームを買収する際に、その合弁企業の代表を務めたのが彼だった。ただし、ベネトン・チームのスポンサーを務めたキングフィッシャー・ブランドとして、資金的には1990年代からスポーツに関わっている。

飲料産業で財を成した彼は、28歳でユナイテッド・ブルワリーズ・グループの会長に就任した。それ以来、グループは60社以上から成る多国籍企業に成長。ビジネスの中心は飲料産業だが、エンジニアリング、農業、IT、航空、レジャーなどにも手を広げている。2005年にはキングフィッシャー航空を設立し、同社は現在32都市を結ぶ。熱心なスポーツファンであるマルヤはまた、クリケットのインド・プレミア・リーグでバンガロール・ロイヤル・チャレンジャーズのオーナーを務めており、2009年はイングランド代表の元キャプテン、ケビン・ピーターセンを抜擢している。

初参戦の2008年、改善の兆しこそ感じられたものの、フォース・インディアは1ポイントも獲得できずに終わった。その年の後半、チーム代表に就任したマルヤは、2009年にマクラーレンとメルセデス・エンジンを使うパートナーシップ契約を結んだと発表。2009年中はウィリアムズに続き、チーム連盟の結束を乱して無条件の2010年選手権エントリーにサインしたことで物議を醸し、フォーミュラ・ワン・チームズ・アソシエーション(FOTA)から除名処分を受けた。後に復帰している。

2年前にチームを買収して以来、マルヤはインド人ドライバーがフォース・インディアのマシンを操る姿を見たいと言い続けているが、バーニー・エクレストンの推薦があったにもかかわらず、母国人ドライバーのカルン・チャンドックを差し置いて、ビタントニオ・リウッツィを中途採用した。このことから自分の好みでえこひいきをする人物ではないと思われる。

2010年にはエイドリアン・スーティルとビタントニオ・リウッツィが中団の一員としてのチームの地位を確実なものとし、ウィリアムズと1ポイント差でコンストラクターズチャンピオンシップの7位に。しかしながら、サーキットの外ではイタリアの風洞オペレーターである『Aerolab(エアロラボ)』と法廷で争って敗北。また、ジェームズ・キーとマーク・スミスの2人のテクニカルディレクターがチームを去るなど、損なわれたシーズンでもあった。

しかしながらチームは2011年も改善を続け、メルセデスの支援を受けるポール・ディ・レスタをスーティルのチームメイトに迎える。2011年10月、インドの複合企業である『Sahara Group(サハラ・グループ)』が1億ドルの投資をもって42.5%の株式を取得した。マルヤが42.5%を保持し、モルファミリーの持分は15%に減少している。

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