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/ ピーター・ウィンザー

ピーター・ウィンザー  イギリス

  • 氏名 ピーター・デビッド・ウィンザー
  • 生年月日 1952年4月11日
  • 出身地 ・サリー
  • 年齢 67歳191日
  • チーム USF1, ウィリアムズ, フェラーリ
  • その他 チーム代表, ジャーナリスト, コメンテーター
driver portrait
プロフィール

世界中のF1ピットレーンでレポーターを務めてきたピーター・ウィンザーは、1970年代からこのスポーツに活発に関わっている。2010年、ウィンザーはアメリカ人エンジニアのケン・アンダーソンとともに、USF1代表者の1人としてグリッドの仲間入りを果たす。彼らの狙いは、欧州勢優勢のスポーツで成功を勝ち取るばかりでなく、アメリカ合衆国内でのF1人気を取り戻すことにある。

ウィンザーは、廃刊となって久しい雑誌『Competition Car(コンペティション・カー)』のジャーナリストとしてキャリアをスタート。1970年代後半に『Autocar(オートカー)』誌に移籍し、1985年までこの人気週刊誌のモータースポーツ編集長を務めた。

1985年、転身を決意した彼は、スポンサーシップマネジャーとしてウィリアムズに加入する。悲劇的な事故が起きたのは1986年シーズン開幕直前のことだった。ポールリカール・サーキットでのテストを終えて帰宅の途についたウィンザーとフランク・ウィリアムズの乗った車が大事故を起こす。ウィンザーは軽傷だけで済んだものの、運転していたウィリアムズは体に障害を負ってしまった。

ナイジェル・マンセルと親しかったウィンザーは、彼を追ってゼネラルマネージャーとしてフェラーリ入りしたが、1年後にはそろってウィリアムズに舞い戻る。この際ウィンザーはチームマネジャーに就任した。

間もなく、メディアが自分を求めていると感じた彼はピットレポーターとして復帰、今度はアメリカの『Speed TV(スピードTV)』に所属し、レース前のグリッドウオークは番組の名物となった。また彼は、FIAの公式記者会見で司会者も務めた。つい最近までF1レーシング誌のグランプリエディターという肩書きを持っており、記者としてこれまで5つの賞を獲得している。

2009年6月、USF1として3つの空きグリッドに名乗りを上げたウィンザーの申請が認められた。経験豊富で情報通の彼ではあるが、チームの共同経営者という仕事となるとまったくの別物だ。今、彼とパートナーのケン・アンダーソンは、2010年3月のグリッドに着くことに悪戦苦闘しているばかりでなく、アメリカにおけるF1への情熱を再び燃え上がらせるために、結果を出さなければならないという大きなプレッシャーと向き合っている。

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2010年1月25日

ロペスとピーター・ウィンザー

     

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