ディートリッヒ・マテシッツ  オーストリア

  • 氏名 ディートリッヒ・マテシッツ
  • 生年月日 1944年5月20日
  • 出身地 オーストリア・シュティリア
  • 年齢 70歳119日
  • チーム トロ・ロッソ, レッドブル
  • その他 チームオーナー
driver portrait
プロフィール

ディートリッヒ・マテシッツは「愚か者は愚か者と呼べ」を信条にビジネス界に君臨する男である。エナジードリンクブランド、レッドブルを率いてソフトドリンクの世界で巨額の富を築いたのが彼だ。

マーケティングの世界に入る以前、マテシッツはウィーンで10年間の学生生活を楽しんだ。1980年代前半は歯みがきブランド『Blendax(ブレンダックス)』の販売を仕事とし、さまざまな土地を訪れる。ある時、タイへ出張した際、時差ボケに効果があるというハーブ入りの飲み物"Krating Daeng(クラティンデン:赤い水牛の意)"と出会う。1984年、仕事を辞めた彼はタイのパートナー、チャリアオ・ユーウィッタヤーと、お互いに50万ドルずつ投資してレッドブル社を設立。1987年にエナジードリンク"レッドブル"を発売した彼らは、現在では年間33億ユーロを売り上げ、市場の40%のシェアを持つ。

マテシッツがF1への関与を始めたのは1980年代後半で、レッドブルが当時ドライバーだったゲルハルト・ベルガーのスポンサーについたのが始まりだった。マーケティングのスペシャリストとして知られるレッドブルの戦略は、他のライバルソフトドリンク企業とは大きく異なった。有名人の起用や伝統的な広告媒体にお金をかけるのではなく、彼らはスポーツ競技やアスリートのスポンサー活動に力を入れ、とりわけモータースポーツやエクストリームスポーツにこだわった。

1995年にザウバー・チームの運営に加わり、レッドブル・ザウバー・ホールディングで株式51%を所有する。契約上の合意により、チーム代表のペーター・ザウバーは引き続きチームの運営を任され、マテシッツは自身のブランド宣伝活動に専念している。2002年に持ち株を売却すると、2004年にはジャガー・レーシングを買い取り、チームをレッドブル・レーシングと改名。2005年にはイタリア・チーム、ミナルディを同じオーストリア人のベルガーと共同購入し、スクーデリア・トロ・ロッソと名付けた。世界中に数多くのスポーツチームを所有するレッドブルは、2002年に若手ドライバー育成プログラムを立ち上げ、スコット・スピード、セバスチャン・ベッテルらを生み出している。最近F1に昇格したドライバーで言うと、セバスチャン・ブエミやハイメ・アルグエルスアリも同プログラムの出身だ。

オーストリア誌『Trend(トレンド)』から2000年にマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれたマテシッツだが、めったに公に姿を現さず、カメラを避け、レースデーもほとんど顔を出さない。主にテレビでのレース観戦を好むという。露出を嫌うあまり、彼の記事を掲載しないことを条件に、オーストリアの社会誌『Seitenblicke(ザイテンブリッヘ)』を買い取ってしまったほどだ。スポーツ好きだけにとどまらず、彼自身もパイロット免許を持ち、フライングブルズとして知られるクラシック航空機のコレクションを所有。また、フィジーには島を1つ持っている。

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