フランツ・トスト オーストリア
- 氏名 フランツ・トスト
- 生年月日 1956年1月20日
- 出身地 オーストリア・トリンス
- 年齢 57歳151日
- チーム トロ・ロッソ
- その他 チーム代表
フランツ・トストは何かと物議を醸す人物である。何を隠そう、3年間で2回、シーズン中にドライバーを交代させたのだ。期待はずれのレースが続いた7月、トロ・ロッソは元チャンプカー王者のセバスチャン・ボーデを放出。憤慨したボーデは不当解雇であるとして法的手段に訴える構えを見せ、さらに解任の知らせを携帯のテキストメッセージで受け取ったと証言。しかし、これについてはトストが強く否定している。
トストのレーシングキャリアはフォーミュラ・フォード、F3などに参戦した時代から始まり、その後はオーストリアのウォルター・レヒナー・レーシング・スクールでチームマネジャーとして働き始める。1993年にミハエル・シューマッハのマネジメント担当で有名なウィリー・ウェーバー・マネジメントに加入し、日本でまだキャリアをスタートさせたばかりのラルフ・シューマッハの面倒を見た。
F1に進出したのはBMW入りした2001年のことで、トラックオペレーションマネジャーを担う。その後、2006年に新しいトロ・ロッソ(元ミナルディ)に移籍。最初のシーズンはわずか1ポイントの獲得に終わったが、翌年は年間得点を8ポイントに伸ばし、堂々の6位に入った。
だが、このシーズンもトラブルがなかったわけではない。2007年の7月、3戦連続リタイアを喫したアメリカ人ドライバーのスコット・スピードが解雇通告を突きつけられた。ニュルブルクリンクの豪雨の中、スピンアウトしたスピードとトストの争いは、殴り合いに近いケンカに発展したとまで言われているが、これまたトストには否定されている。スピードはその後もトストへの攻撃をやめようとはせず、彼のことを"自制心が皆無"と罵倒した。
2007年のシーズン末には、2冠のワールド・チャンピオン、フェルナンド・アロンソがレッドブル入りするといううわさをトストが触れ回っているとして、デビッド・クルサードにも苦言を呈された。すでにレッドブルと2008年の契約を済ませていたクルサードは、親会社が同じとはいえ、彼が他のチームのことに口を出すのは不適切だと不快感を示した。
前述の通り、2009年7月、ルーキーのチームメイト、ブエミに完敗したボーデと袂を分かったトロ・ロッソは、19歳のハイメ・アルグエルスアリの起用を決め、F1史上最年少ドライバーが誕生した。F1マシンで1周も走行を経験していないアルグエルスアリの投入は、さらなる論議を呼び、ドライバーからはアルグエルスアリの存在が他のドライバーたちの安全を脅かすという批判の声が上がる。
確かに、新人である彼に多くは期待できないと認めつつ、それでもトストは2010年のペアには大いに期待していると語り、2人合わせて40歳という年齢は、グリッド上で最も若いチームになると誇らしげに言う。だが、マシンは特別なものではなく、チームは開発のためのリソースを欠いている状態だった。
同じコンビで臨んだ2011年には成績を伸ばして41ポイントを獲得し、コンストラクターズチャンピオンシップでトロ・ロッソがウィリアムズを上回る。しかしながら、アルグエルスアリとブエミが周囲に印象付ける機会は消滅し、レッドブルが擁する次世代の若手ドライバーであるダニエル・リカルドとジャン-エリック・ベルヌにシートを明け渡している。
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