クリスチャン・ホーナー イギリス
- 氏名 クリスチャン・ホーナー
- 生年月日 1973年11月16日
- 出身地 イギリス・レミントンスパー
- 年齢 39歳187日
- チーム レッドブル
- その他 チーム代表
若く熱心なニュータイプのチーム代表の先駆者であるクリスチャン・ホーナーは、レッドブルでの実権を握って以来、代表のポストには若すぎると批判した人々を黙らせてきた。
彼が国際的なモータースポーツの世界に初めて入ったのはドライバーとしてだった。まず、1994年から1996年にかけて、イギリスF3選手権で3つの異なるチームから参戦。1997年にF3000に進むと、チーム・アーデンを設立した。トップレベルには届かないと自覚して、1998年にドライビングを引退してからはチーム運営に集中するようになる。
25歳という若さだったホーナーは、最初こそ未熟なチームで結果を出せず苦しんだ。しかし、2002年にトマス・エンゲ、ビヨン・ビルドハイムと契約。エンゲはタイトルへの道を突き進んだが、薬物検査に引っかかり、3位に降格されてしまう。ビルドハイムは翌年もチームに残り、35ポイントという大量ポイントを獲得してタイトルをつかんだ。
2004はアーデンとホーナーにとって栄光の年となる――ビタントニオ・リウッツィ、ロバート・ドーンボスと契約し、大差でコンストラクターズタイトルを獲得。リウッツィはドライバーズタイトルを手にしたのだ。
レッドブルが2005年にF1に参入したとき、彼らは若く、行動力あるリーダーを探し始める。ホーナーこそ、まさしくその人物だった。わずか32歳でF1入りした彼の若さは、もちろんチーム代表の顔ぶれの中で浮いた存在だった。すぐにメディアはこの抜擢に批判的な記事を書き立てたが、彼らは失念していたようだ。フランク・ウィリアムズやロン・デニスも、F1でのキャリアをスタートさせたのは同じような年齢だったということを。
2006年モナコGPで当時のエースドライバー、デビッド・クルサードが3位フィニッシュを果たし、初めての表彰台を経験したホーナー。もしかすると、ホーナー自身はこの初表彰台を後悔しているかもしれない・・・。レース前、彼はレッドブルのマシンが表彰台に上ったら裸でホテルのプールに飛び込む、と公言してしまい、その約束を守実行する羽目に――ただし、スーパーマンのマントを身にまとってはいたが――。
少し年を重ね、判断力も増した現在のホーナーは、確実にチームを成功に導いており、チーフテクニカルオフィサー、エイドリアン・ニューイの力を借りて、勝てるマシンをグリッドに送り出した。
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2013年5月10日 コックピットに収まったベッテルと会話を交わすホーナー © Sutton Images |
2013年4月12日 記者会見でのクリスチャン・ホーナー © Sutton Images |
2013年4月12日 金曜フリー走行の様子を見守るホーナー © Getty Images |
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