ニコ・ヒュルケンベルグ  ドイツ

  • 氏名 ニコラス・ヒュルケンベルグ
  • ニックネーム ハルク
  • 生年月日 1987年8月19日
  • 出身地 ドイツ エンメリヒ・アム・ライン
  • 年齢 27歳74日
  • 身長 1.84 m
  • 体重 70 kg
  • 現所属チーム フォース・インディア
  • 過去の在籍チーム ウィリアムズ, ザウバー
driver portrait
2014年の世界選手権
# Grand Prix Circuit Date Car Pos Pts Qual FL
1 オーストラリア アルバート・パーク 3月16日 フォース・インディア (VJM07) 6 8 7
2 マレーシア セパン 3月30日 フォース・インディア (VJM07) 5 10 7
3 バーレーン サヒール 4月6日 フォース・インディア (VJM07) 5 10 11
4 中国 上海 4月20日 フォース・インディア (VJM07) 6 8 8
5 スペイン カタロニア 5月11日 フォース・インディア (VJM07) 10 1 10
6 モナコ モナコ 5月25日 フォース・インディア (VJM07) 5 10 11
7 カナダ モントリオール 6月8日 フォース・インディア (VJM07) 5 10 11
8 オーストリア シュピールベルク 6月22日 フォース・インディア (VJM07) 9 2 10
9 イギリス シルバーストーン 7月6日 フォース・インディア (VJM07) 8 4 4
10 ドイツ ホッケンハイム 7月20日 フォース・インディア (VJM07) 7 6 9
11 ハンガリー ハンガロリンク 7月27日 フォース・インディア (VJM07) - 9
12 ベルギー スパ 8月24日 フォース・インディア (VJM07) 10 1 18
13 イタリア モンツァ 9月7日 フォース・インディア (VJM07) 12 13
14 シンガポール シンガポール 9月21日 フォース・インディア (VJM07) 9 2 13
15 日本 鈴鹿 10月5日 フォース・インディア (VJM07) 8 4 13
16 ロシア連邦 ソチ 10月12日 フォース・インディア (VJM07) 12 17
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
2010 Williams 19 19 0 0 15 6 1 1 1 0 0 22 14
2012 Force India 20 20 0 0 18 4 0 0 4 1 0 63 11
2013 Sauber 19 19 0 0 17 4 0 0 3 0 0 51 10
2014 Force India 16 16 0 0 15 5 0 0 4 0 0 76 8*
Total 74 74 0 0 65 4 1 1 1 1 0 212
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 バーレーンGP サヒール 2010年3月14日 レース結果
ラストレース ロシアGP ソチ 2014年10月12日 レース結果
プロフィール
© Sutton Images

"次世代のミハエル・シューマッハ"として期待されているルーキーのニコ・ヒュルケンベルグは、これまでのキャリアで輝かしい実績を残している。

マネジャーはシューマッハ兄弟らをF1に送り込んだあのウィリー・ウェバーだが、ヒュルケンベルグもまた実力をしっかり発揮できるドライバーなのだ。

10歳の時にカートデビューを果たしたヒュルケンベルグは、2005年にフォーミュラBMWドイツに参戦し、すぐさまチャンピオンシップを制覇。ニコ・ロズベルグやセバスチャン・ベッテルの足跡をたどることとなった。2006年にはA1GPに挑み、ドイツチームをチャンピオンに導く。そのシーズンでは実に9勝を挙げた。

ドイツF3選手権で1年を過ごした後、F3ユーロシリーズに戦いの場を移したヒュルケンベルグは、2007年の戦いでロマン・グロージャン、セバスチャン・ブエミに次ぐランキング3位に入った。その年の12月にはウィリアムズでF1テストを行い、すでにF1デビューを果たしていた中嶋一貴より速いタイムをマーク。エースドライバーのロズベルグからも、わずか0.4秒遅れという印象的な走りを見せる。これによってウィリアムズはヒュルケンベルグを2008年のテスト兼リザーブドライバーに指名したのである。

GP2アジアシリーズに参戦したヒュルケンベルグは、わずか4戦のみの出走にとどまったものの、開幕戦のポールポジションを含め、ランキング6位でシーズンを終えた。2009年シーズンはGP2メインシリーズで輝かしい成績を残し、最終戦を前にモンツァでタイトルを獲得。最終戦を待たずしてタイトルを決めた初のGP2ドライバーとなった。

そして2009年11月、ウィリアムズはヒュルケンベルグを2010年のレースドライバーに指名した。堅実なルーキーイヤーのハイライトはダンプコンディションのインテルラゴスでつかんだブラジルGPのポールポジションだ。しかしながら、2011年には才能よりも資金面から前年度GP2チャンピオンでベネズエラの石油企業『PDVSA』から支援を受けるパストール・マルドナドにシートを奪われる。

ウィリアムズを離脱したヒュルケンベルグはフォース・インディアに活路を見いだし、サードドライバーとして金曜フリー走行に参加。後に同チームの2012年のレースシートを獲得した。ややスロースタートを切ったこのシーズンだったが、次第に高い評価を受けるチームメイトのポール・ディ・レスタをしのぐ走りを見せ始め、フェラーリがフェリペ・マッサとの契約を延長する前は跳ね馬への移籍がささやかれたほど。最終的に、2013年は1年契約を結んだザウバーへと移ることになった。

しかしながら、ザウバーは前年度と同じような成功を果たすことができず、数々の印象的な走りを見せながらもヒュルケンベルグのベストリザルトは韓国GPでの4位にとどまる。表彰台に上ることこそなかったものの、フェラーリがキミ・ライコネンと再契約し、ロータスが資金に恵まれたマルドナドとサインを交わすまではそれぞれのチームの有力候補と目されていた。最終的にヒュルケンベルグはかつて所属したフォース・インディアで2014年シーズンを迎えることが発表されている。

【長所と短所】

確かな才能を備えたヒュルケンベルグは以前から将来のスターとしての力を見せてきた。2度目のフルシーズンは印象的でフェラーリのシートでさえ手に入るかに見えたが、身長が高く体重のあるヒュルケンベルグは新ルールが適用される2014年を再び中団で戦うことになった。

【キャリア最高の瞬間】

ブラジルGP予選でウィリアムズに6年ぶりのポールポジションをもたらしたこと。

【キャリア最低の瞬間】

フォーミュラBMWドイツで印象的なデビューを飾った2005年には、フォーミュラBMWファイナルでも勝利した。しかしセーフティカー導入中にライバルにブレーキテストを仕掛けたとして、トロフィーをはく奪されている。

【注目のコメント】

パトリック・ヘッド(ウィリアムズ/エンジニアリングディレクター)

「ニコ・ロズベルグやルイス・ハミルトンのように、GP2タイトルを獲得したドライバーたちは、そのデビューシーズンに本当に素晴らしい活躍をする。ニコ(ヒュルケンベルグ)も同様だと思っている」

ウィリー・ウェバー(マネジャー)

「この少年(ヒュルケンベルグ)は信じられないほどの才能を持っていると言える。彼にはミハエル・シューマッハを思い出させる要素がたくさんあるのだ」

ニコ・ヒュルケンベルグ

「僕は第2のミハエル・シューマッハにはならないよ。F1昇格を果たしてからは長い道のりだろうけど、いずれは第1のニコ・ヒュルケンベルグになりたい」

【トリビア】

ウィリー・ウェバーはヒュルケンベルグのことを"ハルク"いうニックネームで呼んでいる。これは単に名前に由来するだけでなく、普段はおとなしいヒュルケンベルグがマシンに乗り込むと豹変(ひょうへん)することも意味しているらしい。

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2014年10月5日

レース終了時にストップしたマシンを降りるヒュルケンベルグ

2014年10月3日

ニコ・ヒュルケンベルグ

2014年9月19日

人工的な明かりの下を駆け抜けるヒュルケンベルグ

     

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