ドライバー

/ シャルル・ルクレール

シャルル・ルクレール  モナコ

F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
2017 Alfa Romeo 2 0 0 0 0 - 0 0 16 0 0 0 -
2018 Alfa Romeo 21 21 0 0 15 6 0 0 7 0 0 39 13
Total 44 42 2 10 33 1 7 8 1 3 0 302
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 メキシコGP メキシコシティ 2017年10月29日 レース結果
ラストレース アブダビGP ヤス・マリーナ 2019年12月1日 レース結果
プロフィール

シャルル・ルクレールは1997年にモナコで生まれ、レーシングドライバーだった父親の影響もあり幼少期からレーシングカートで数々の賞を取ってきた。2009年にフランスチャンピオン、2010年にモナコ・カート・カップの優勝、2011年にはCIK-FIAアカデミー・カップとジュニア・ワールドカップを制覇し、その後もカート界を席巻した。2014年からはシングルシーターのレースに転身した。最初の年はフォーミュラ・ルノーで、次年度はF3でトップ・ルーキーの活躍を見せる。2016年はGP3でデビュー戦から優勝、その後2勝を挙げチャンピオンとなる。FIA F2にステップアップした翌2017年は7勝を挙げ、ライバルたちを寄せ付けずチャンピオンとなる。F1への準備としては、2010年にニコラス・トッドに見いだされ2016年からフェラーリ・ドライバー・アカデミーに参加。2017年にはザウバーからフリー走行に出走する。 2018年にザウバーからF1フル参戦を果たす。

アルファロメオをタイトルスポンサーに迎え、2年連続 でコンストラクターズ選手権最下位争いの苦境から脱したいザウバーからF1フル参戦したルクレール。2018年シーズンの開幕から数戦こそチームメイトのエリクソンに及ばなかったが、マシンに慣れてきた第4戦アゼルバイジャンGPで13番グリッドから6位という好成績をたたき出す。その後は地元モナコでリタイアしたものの、連続でポイントを獲得し非凡な才能を発揮する。シーズン後半には7位を4度獲得し、最終的に39ポイント、ランキング13位でシーズンを終えた。9月11日、かねてからのうわさ通り、ルクレールが2019年からフェラーリドライバーに昇格することが発表された。キミ・ライコネンとチームを入れ替わる形だ。ルクレールは、同じくフェラーリドライバーとしての将来が期待されていたジュール・ビアンキを幼い頃より兄のように慕っており、第17戦日本GPでビアンキが事故で亡くなった鈴鹿を訪れ、「朝のコース確認ではすごくエモーショナルになってしまった」と告白した。

フェラーリドライバーとして最初のシーズンとなった2019年、ルクレールは第2戦バーレーンGPでポールポジションを獲得、セバスチャン・ベッテルとのバトルに競り勝ちトップを快走する。最終的にエンジントラブルで3位に後退したものの、強い印象を残した。とはいえ、特にシーズン前半には自身のミスも目立ち、第4戦アゼルバイジャンGPでは予選でクラッシュ、第6戦モナコGPでは他車と接触して最終的にリタイア、第11戦ドイツGPではレース中にクラッシュしている。また、しばしばフェルスタッペン(レッドブル)と激しいバトルを繰り広げた。ポールからスタートした第9戦オーストリアGPでは初優勝まで残り2ラップというところで競り負け、続く第10戦イギリスGPでは逆に激しいバトルに競り勝つなど、近い将来タイトルを争うであろう2人のライバル関係が予感された。シーズンが後半に入ると、マシンの競争力が向上したこともあり、一気に勢いがついた。第13戦ベルギーGPではポールから初優勝、続く第14戦イタリアGPでもメルセデス2台の猛追を振り切ってポール・トゥ・ウインを決め、フェラーリの地元レースでティフォシを熱狂させた。最終的にはシーズン最多となる7度のポールポジションを獲得、ドライバーズランキング4位でシーズンを終えた。チーム初年度でベッテルを上回る活躍を見せたルクレールにフェラーリは将来を見いだし、2024年までの長期契約を結んだことを12月に発表した。

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